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「いつでも最善の選択をしている」と思えるようになりつつある|読書ノート②

『神さま:後悔している人間は全て、「違う選択肢のほうがよりよかったはずだ」と勝手に思いこんでいる。これは実に「勝手な」ことなんじゃよ。
そしてその人に、「違うほうの選択肢は経験したのですか?」と聞くと、「いいえ、していません、でもわかるんです」とか言い始める。
予言者なのか? 経験していないことなのに、「あちらのほうがよかった」と言い出すんじゃぞ? 怖いわっ!
いいかみつろう、後悔とは幻じゃ。
お前たちは、選択したこと以外のことは経験できないのだからな。
それなのに、どうしてその目の前の選択のほうが「悪い」と判断できるんじゃ? 原理がわからんよ、ワシには。
(中略)
みつろう:すっげーなあんた! おっしゃる通りだ! 俺たちには、目の前の現実を「いい」だとか「悪い」だとか、判断できるわけがないじゃないか! だって、ここにしか、俺はいないのだから!! なんで今日まで俺は、目の前の現実のほうが「悪い」だなんて、後悔できてたんだろう?』
さとうみつろう著『神さまとのおしゃべり』(サンマーク出版)より

後悔は時間のムダ。後悔は幻。
過去に戻ることも、違う過去を経験することも、やり直すこともできないのだから。
そんなことは百も承知で、後悔から学んで、未来へ目を向けることが大切だ。
「〇〇のせいで」ではなく、「〇〇のおかげで」今の自分があると思うといい、とのアドバイスを受けたことがあり、そうやって過去の辛いことも、「〇〇のおかげで」と思うように努力してきた。
でも、頭ではわかっていても、心はそうはいかない。
頭ではわかっていても、心では繰り返し再生し続けてしまう後悔がいくつもあった。
「あのとき〇〇していれば……」

でも、本を読んで気づいた。
心で再生し続けている過去の後悔は、「違う選択肢のほうがよりよかったはずだ」という思い込みがあったことを。

あのとき私が家族にひどいことを言わなければ、あのとき会社を辞めていれば、あのとき別れていれば、あのときもっと頑張っていたら、あのとき我慢できていたら、あのときあの選択さえしなければ……。

こうやって数多くの後悔を抱え、でも、頭では「後悔はムダ」、「〇〇のおかげでと思って、この経験を未来につなげていかなくては」と思い、後悔について考えないように、心にフタをして……。
結局のところ、後悔から逃げて、後悔は後悔のままで、なにひとつ学ぶことも、「〇〇のおかげで」と思うこともできていなかったことに気づいた。

でも、「あのとき違う選択をしていたら」ということはありえないのだけれど、もし違う選択をしていたとして、今がよりよい現実になっている可能性もあるし、その逆で、もっともっと最悪な現実になっている可能性もある。
私は、「その逆」については一切考えることなく、今日まで生きてきてしまった。
冷静に考えてみると、どうして「違う選択をしていたら今がよりよかったはず」と信じて疑わなかったのだろう。
本の中のみつろうのセリフが、私の考えにピッタリ過ぎて、衝撃を受けた。

家族へ言いたいことを我慢していれば大きな確執に発展しなくて済んだかもしれないけれど、もっと別の大きな衝突をして、今は修復不可能になっているかもしれない。
あのときに会社を辞めていれば、あんなに苦しまずに済んだかもしれないけれど、もっとひどいブラック企業に転職して、もっと苦しんだかもしれない。
はたまた別の会社では、もう少しあの会社で頑張っていればキャリアにつながる経験を積めたかもしれないけれど、続けていたら深刻に心を病んでいたかもしれない。
あのときに別れていれば、もっといい人と出会えたかもしれないけれど、別のひどい男に騙されてもっと辛い目にあったかもしれない……。

こうやって、数多くの後悔をかかえてさらに辛いことへつながっていたかもしれない過去の選択肢を、あたかも違う選択をしていれば、今がよりよいはずだと信じて疑わなかった。
しかし、そんな判断能力は私にはないのだと、本を読んでやっとやっと気づいた。

本には「いつでも最善の選択をしている」と書いてあって、私はまだ、すべてが最善だったとは思えていないけれど、よりよくなっているはずという思い込みは捨てることができたし、もっと悪い今もあったかもしれないとも思えるようになった。
これを積み重ねていけば、「今まで、すべて最善の選択をしてきた」と思えるようになる日がきっとくる。

人生も折り返し地点にきて、ようやく「後悔は時間のムダ」が腹落ちし、頭だけではなくて心でも、全身でも理解ができた。
時間がかかり過ぎたけれど、きっと今の私だからこそ、人生経験やさまざまな学びによって理解できるようになったのだと思う。
そうなると、人生で起こることはムダなことはなく、すべてがベストなタイミングで、すべて最善の選択をしてきているのかもしれない、とも思えるけれど、そう思えるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。

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