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『夜のある町で』 荒川洋治 著

 恐れ多いことを承知で言わせていただくと、荒川洋治氏は、高精度のセンサーを持っている。そのセンセーは、暮らしの中のありふれたこと、人と人とが交わす何気ない遣り取り、果ては物や誌面など、ありとあらゆるものをに反応する。時には盗み見するようにスナップショットする。写真を撮ることに例えてしまったのは、著書を読み進めていくうちに、写真家森山大道が想起されたから。森山大道自身、街中をぶらぶら歩き、あっと感じたものをスナップする。それをセンサーが感じて反応する、と言っていることを思い出した。

 荒川洋治のエッセー『夜のある町で』。
 こんな一節がある。

 

 電車のなかで、二人が語らっている。そのうちの一人が、どこかの駅に降りていく。残された人の表情を見ると、みじかい間ではあれ、人が人とふれあった痕跡が、その顔に残っている。それは、消えていくものであるが、すぐに消えるわけではない。ろうそくの格のようにしばらくの間、目もと、口もとをうろついている。
 別れた人と、まだ話をしている。そんな表情の人もいる。


 著者は、社会という枠組みの中の人間としてではなく、人間個人として捉えようとしている。社会の枠組みからふと外れた瞬間の人間らしさ、味わいようなものを見逃さない。先に、写真家に例えてしまったが、著者の視線はスクープ写真のような獲物を狙う鋭い眼差しではない。
 その眼差しは、人の幸福を、喜ぶ顔を見つけたいのだ。それが、高精度のセンサーを持っている所以である。





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