かいらぎ
心やさしい薬売りがたびたび訪れる村だった。
山を二つも三つも越えてやっとたどり着く人里離れた小さな村だ。
頼まれると断れない人の良い行商人は商売の薬のほかに、
村人の依頼に答えて漁村で魚を、町でははやりの髪飾りなどを仕入れては
ここの村人たちに売っていた。
宿もない村だ。一晩か二晩どこかの家で泊めてもらわなきゃいけない。
それを考えると御用聞きくらいお安いものだ。
心やさしい行商人はそう考えた。
ところが、昨日買った魚が腐っていたと言って返金を求めてきた。
行商人はにこにこ笑って返金に応じた。
髪飾りが望んだものとは違うといって買いたたかれた。
行商人はそれでもにこにこしながら値引きに応じた。
村人たちはだんだん図に乗ってきた。
ある日、行商人が朝目覚めると、
商売道具の薬箱も財布もなくなっていた。
一晩の寝床を使わせてくれた家の主は知らないという。
やさしい行商人は何も言わずしょんぼりして村を出た。
そんなことが何度か繰り返された。
ある時薬売りは、また同じような目にあった。
またしょんぼりしながら、村を出る。
村はずれまで来ると、道の脇の深い草の茂みを分け入って進む。
昨日村に入るときに隠しておいた日本刀を、
鞘から抜いてひと振りし、村へ引き返す。
もう顔は、にこにこともしょんぼりともしていない。