20240909 はじまりの日記
9月9日。今日から日記を始めてみようと思う。
紙だと机に向かう時間が必要で、今のわたしではきっとつづけられないから。
ネット上に残すことで、自分で振り返ることもできるから。
いつまでつづくか、わからないけれど。
今日は引越し先の物件の契約へ行った。
不動産屋の開店時間に予約をしていたので、朝の通勤ラッシュとかぶる。
難波で乗り換えたけれど、都会は人が多くてたくさんの感情がぶつかり合っていて、自分が自分じゃないみたい。小さなことに、トゲトゲして、心の余裕が持てない。
ずっと、その感覚が辛かった。
引越し先は、奈良県の岡寺というところ。山に入るギリギリ手前の、ギリギリ住宅地といったところで、橿原神宮前駅と、古墳や遺跡で有名な飛鳥駅との間にある。
そこに住んで、10月から週に2、3日、吉野山のブックカフェのお手伝いをすることになった。
5、6年前、初めて書く小説の舞台を吉野山に決めたわたしは、リサーチのために真冬の吉野を訪れた。
壮大な金峰山寺、歴史深い吉水神社、竹林院の美しい庭園に魅せられ、また、そこに住むひとたちの地に足のついた日々の営みが、冷えた心の芯を温めた。
金峰山寺で、庭を掃いていた、作務衣に坊主頭のおじさんが、「写真、撮るよ」と声をかけてくれた。
その帰りの電車で、ふと横を見ると、そのおじさんがいて、話しかけてくれた。作務衣姿のまま、電車の座席に座っていた。
とてもひと懐っこい笑顔で、人の良さそうな話し方。たくさんお話を聞かせてくれた。
その方にお会いしたのはその一度きりで、ふりかえって、その佇まいとか、出逢い方とか、あの人は精霊だったのかなぁ、と思っている。
次に吉野へ訪れたのは、真夏だった。小説が進まず、またしてもリサーチのつもりで来たのだが、来てみると1日では足りないような気がした。
その場で一番安い宿を聞いて、ゲストハウスKAMINN(カムイン)という宿に泊まることに。
そこでフーさん(片山さん)に出逢った。フーさんは、当時KAMINNの女将をしていた。修験道の山伏さんでもある。今は群馬県の妙義に行ってしまわれて、KAMINNの女将は妹弟子さんが後を継いでいる。
フーさんは博識で、吉野についてあれこれ質問をさせていただくと、毎回わたしが想像していた答え以上のものが返ってきて、吉野のことも、フーさんのことも好きになった。
それから、年に1、2度、吉野へお邪魔するようになり、2度、修行でお山に入ったりもした。ひとりでも、友人や彼氏を連れても、来た。
いつからか、吉野に住みたいと思うようになった。そしてできればブックカフェを開きたいと思った。
吉野で、本を通して人と繋がりたい、本と人が出逢う場所をつくりたいと思った。
そんな折、フーさんのお師僧さんから、「吉野でブックカフェするけど、働かへんか」とのお声がかかる。「是非、やらせていただきたいです」そして、あれよあれよという間に、話が進んでいった。
今でも、なんだか現実味がない。
飲食経験といえば高校時代のサイゼリヤのバイトくらいのわたしが、本当にいきなりブックカフェなど務まるのか。
書くことばかり好きで、読むのが遅く読書歴の乏しいわたしが、お客さんに対応できるのか。
岡寺から電車で1時間強、さらに歩いて30分の距離を通勤できるのか。
今までの仕事を継続しながら、両立できるのか、等々、不安要素は上げたらきりがない。
それでも、物事は進んでいく。
今日引越し先の物件を契約したから、引越し会社、電気、ガス、インターネット諸々、手続きしなければならないことがたくさんある。
ずっと人見知りだった。
けれど、ずっと人が好きだった。
好きすぎるんだと思う。
そんな「好き」を大切にできる場所を、つくりたいと思う。