2023年秋 旅
旅はきまぐれ
常々行きたいと思うところに
一向に行かないこともあれば
ふと耳にした地に
にわかに興味を持ち
すぐさま列車を予約することもある
旅行者にこころ開かない土地もあれば
その土地の風俗が
いちげんさんに開かれる場所もある
わたしは旅に出る前から
もうその地に夢を見ていた
日本のまんなかは
東京でも大阪でもなく
なんとなく
東北のような気がしていた
米を育てるところ
水がきれいで
山が生きているところ
四季のうつり変わりとともに生きる
人びとが暮らすところ
お日様がのぼるところ
田んぼが絨毯のように広がって、
稲が黄金色に輝いて
山がどこまでもつながって
まっすぐの木が行儀よく揃って森になって
雨のあと
虹が大きく空いちめんにかかるところ
幼いころ絵に描いたような
そこは
生きものたちが住んでいる
自然がたしかに生きている
人びとが暮らしている
神様はそんなところにきっといる
田んぼの傍に建つ建物は平家か二階で
車の窓をとおして見ても
まるで家の中が見えそうで
人は土に触れなければ
健康でなくなる
土に触れないわたしにも
それがわかるようで
タクシーのおじさんがやさしい人だった
ここから青森の十和田湖まで車で二時間だと教えてくれた
若いころに何度も行ったと
ああ、そんなふうなところに
地図でしか見なかったあたりに
今わたしはいるのだと
駅の近くはよくある景色で
日本中どこも変わらない気がするけれど
人の作ったものではない
人の営むものが
そして人が手をつけていないものが
その土地を際立たせるのだ
手をつけないことは
尊ぶということ
人と人でも
ずかずかと土足で相手の心に上がろうとしないことは
相手を想うのと同じ
むやみに土を掘り起こさない
そんな配慮が必要なのだ
そうやって生きる人びとが
この国にはいたのだろう
そんなふうに生きる人が
誇りを持つ社会であるべきなのだろう
尊敬をされなければ
尊重をされなければ
誇りさえもてないようではいけない
しかしみずからひとりで誇りを持つには
山のようにおおきな強さと賢さが必要なのだ
誰の影響でもなく
みずから考え
行動し
みずからに誇りを持つ
きっとみんなずっと
そういうふうに生きたいのだ
2023.09.20
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