ベトナム公安と軍の関係
前回までの記事でベトナムの次期国家主席は人民軍から選ばれるだろうという予測を紹介してきた。
しかしなぜ人民軍なのだろうかという疑問に対しては明確な説明は避けてきていた。
今回はその疑問に対して答えるBBCベトナムの記事を紹介したい。
党機関・国会において軍と公安出身者が占める人数
ベトナムの最高指導部である政治局(Bộ Chính trị)において公安出身の政治局員が多数を占めているため、ベトナムにおいて公安支配が進んでいるのではないかと見る向きがある。
BBCベトナムによると政治局員15名のうち、公安出身が6名、一方で軍出身は4名である。
また公安出身からは「四柱」(書記長、国家主席、首相、国会議長)のうち3つのポストを占めている(トー・ラム書記長兼国家主席とファム・ミン・チン首相)。
このように政治局だけを見ると公安の政治権力は圧倒的であるように見える。
しかし中央委員会(Ban Chấp hành Trung ương)や国会(Quốc hội)など他の政治機関に目を移すと、公安よりも軍の方が多数を占めていることが分かる。
例えば共産党の中央委員会180名のうち32名(約18%)が国防省の出身者であるが、公安省出身者は15名(約8%)に止まる。
ベトナムの集団指導体制では人事、決議や規定の発行など多くの問題について、中央委員会の承認が必要であり、共産党において非常に強力な機関である。
この中央委員会において最大党派の出身母体が国防省(人民軍)である。
また国会議員499名のうち50名(約10%)が国防省の出身者であるが、公安省出身者は31名(約6%)に止まる。
中央・地方における軍と公安の競合関係
政府の行政組織においても国防省は最も重要な組織であると言われており、公安省と外務省がそれに続く省庁であるとされる。
政府組織法の規定では、副大臣を6名まで置くことが認められているのは上記3省だけで、他の省では副大臣を5名以上置くことが認められていない。
軍と公安は中央だけでなく、地方においても独自の組織を有している。
軍は地域レベルで軍管区の組織があり、これが多くの地方の省において影響力を強めることができる。
また公安組織も地方において、第一級行政区である省や中央直轄市、その下の第二級行政区である市(城庯)、第三行政区である町(市鎮)や村(社)など隅々にまで根を張っている。
豪・ニューサウスウェールズ大学のカール・セイヤー(Carl Thayer)教授によると、軍と公安はベトナム社会において重複する責務と機能を有しており、それが時として衝突や対立を生むことがあり、予算の奪い合いに繋がっていると指摘している。
また米・国防大学のザカリー・アブザ(Zachary Abuza)教授もまた、両者の対立は省庁が権力と資源をめぐって競争することが多いという事実を示しており、それが官僚的な競争の本質であると語っている。
2024年度予算案において最も多くの予算を割り当てられたのは国防省で20兆7000億ドン(約1220億円)以上、次いで公安省は11兆3000億ドン(約670億円)以上となっている。
ベトナム国内において軍と公安は親しまれているのか
このようにベトナム政治において軍は重要なアクターであり、公安としても軽視することはできない。
軍の協力無しに安定的な政治運営を期待することはできないだろう。
それゆえに次期国家主席のポストを軍に譲り、「四柱」の権力均衡を図ることが予想される所以である。
記事において興味深かったのは、ベトナム国民の中では公安より軍の方が親しまれているという事実である。
アブザ教授によると、人民軍には徴兵組織があり、500万人の民兵組織があり、学生には全員参加が義務付けられている軍事訓練プログラムがあるため、ベトナムでは誰もが何らかの形で軍と直接的な関わりを持っているという。
一方で公安省は広範な権限を持つ巨大な官僚組織であるため、ほとんどの国民は公安に対して良い印象を持っていないという。