アタマのゴミ箱2024年7月第2週
面白い本を読むと最初は「ほーん」とか「私はそうは思わんな」とかなんだけど、段々と自分の今の状態とか立場が薄れていって、いつの間にか終わってることある。時間を浪費したい時はすごくいい
友達いないから誰も休講を教えてくれない
逆に言うと大学の友達なんて、休講を教え合うくらいのものだ。それが尊い。
俺は守備的な学歴厨なので、勉強ができないと、俺推薦で入ったって思われてそうでなんか嫌だなという気持ちになる俺自身は推薦に偏見は無いが、世間ではそう言う人もいると知っているから、自分が認めていない悪意とはいえ向けられているかも、と思うと怖い
犯罪者を犯罪者だと切り捨てられる人間はこわい、あなたがそうならない自信はどこから来るのだろう。方向が違えば狂ってしまうかもしれないと思うような感情を味わったことがないのだろうか?俺はそういう感情があるぞ。俺ってサイコパス…ニチャァってしたい訳じゃなくて、犯罪者にも共感はできるぞ。もちろん犯罪という現在のルールを守るのは正しい。でも縛られては行けない。法律が圧倒的善だからって縛られては行けない。なぜ法律が圧倒的善なのかという軸を抑えなければならない。世の中のはみ出しものを無げにしては行けない。人間は現代において基本的に自由でなくてはならない。
皆さん、施設の天井を見てみてください
効率化されまくった配置になっていて恐怖を覚えることができます。
人間はここまで意識を回している、怖い。
あー!!!!文章がまとまらん。あの感覚多分あんまり人は持ってない感じがするんだけど、どうしたらいい。どうやったら書けるんだ。てかなんで趣味で文章書いてるだけなのにこんなに悩まなきゃ行けないんだカスが
俺は自分で言うのもなんだが、誰よりも色んなことを考えている。それ故に生きていて自分が驚くような考えに出会うことはほとんどなくて、それが味気なく感じる。唯一それを与えてくれる人と付き合っていたこともあったが、私の想像を超える人間は壊れている。私以上に壊れている。俺は壊れているという自覚は無いが、自分の深い所を少しでもさらけ出せば、周囲の人がひいていくのを感じる。俺はバカにされるべくしてバカにされていると思う。でも俺はそういう自分が好きなのでずっとバカにされる。私は別個体として認識される。あらゆるところからはみ出す。たまに同じようにはみ出している人を見つけるがそれぞれがそれぞれのはみ出し方をしていて、群れになることは出来ない。私は無意識的にはみ出している人にはみ出していると伝えて、悲しませる。気づかないままであるべきだったかもしれないけど、私もそうしてはみ出していることを自覚した。それがいいとも悪いとも思わない。私は消える。事ある毎に消える。好きな音楽を聞いて消える。お酒を一口飲んで消える。文章を書いて消える。消えながら断続的に人生を進ませる。勝手に進む。俺が伝えたいことは何もない。俺は直ぐに消えるので何も伝えない。