【ショートショート】 『ゾンビの気持ち』
あぁ、今日も人間を食べちゃった。
別に好きでやってるわけなじゃない。僕だって元々は人間だったんだ。
でも、体が勝手に動いちゃうんだ。気づいた時には口の周りが血だらけさ。
美味しいのかって?
味覚が死んでるから、よくわからないんだよね。
本当は「逃げて!」とか言いたいよ。自分が化け物だってわかってるから。
残念だけど、必死で伝えようとしても、うめき声しか出ないんだ。
あっ、比較的綺麗なゾンビがいる。多分最近噛まれた新人だな。
「おーい。ようこそこっち側へ。」
「えっ?やっぱり俺ゾンビになったんすか?ってかゾンビって喋るんすか?」
「そう、ゾンビ同士だとコミュニケーションとれるんだよね〜。」
「はぇ〜知らなかったっす。意外と脳は生きてるんですね〜。」
「僕も仕組みはよくわからないんだけどね。」
「そうなんすね。ってかそういえばこの前…」
そこら辺の若者みたいな会話が延々と続いた。
ゾンビの世界は意外と平和なのである。
強いて言うなら、人間の生存者に殺される可能性があるくらい。
いや、もう死んでるのか。
「あっ、ごめん。僕の体は向こうの方に行きたいみたいだ。じゃあ、またいつか会おうね〜」
「あっ、お疲れした〜」
僕は今日も今日とて、当てのない旅を続けている。
おや、あそこに仲間がいるな。どうもこんにちはー!
ゾンビだから分かりにくいけど、その男は80歳くらいの老人に見える。白髪で、サンタクロースみたいな髭をしている。
「はい、どうもこんにちは。」
男は非常に紳士的だった。
「いやぁ、それにしてもいい天気ですな。」
ゾンビになっても、老人は天気の話題が多い。
「ほんとそうですよね〜空がこんなに綺麗だなんて、人間だった時は気づきませんでしたよ。」
この言葉を聞いて、男の目に輝きが滲み出た。ゾンビでもわかるくらい。
「いやぁ、そうでしょう、そうでしょう。実は私がゾンビウィルスを発明して、世界にバラ撒いたんですよ。」
最初は何を言っているのか、サッパリわからなかった。
だが話を聞いていくと、どうやら本当らしい。
沸々と怒りが込み上げて、僕は責めるように問いただした。
「どうしてそんなことをしたんです!世界中が大混乱に陥り、大量の人が死んだんですよ?」
男は全く動じず、穏やかな笑顔で返してきた。
「みなさんそう言うんです。ですがどうでしょうか。人間だった頃には気づかなかった素晴らしいことが、たくさんあったんじゃないですか?先ほどあなたも、空を見てそう言っていたじゃないですか。」
「いやっ、確かにそうは言ったけど…」
男は続ける。
「よく考えてみてください。ゾンビの社会は平和そのものでしょう。体が勝手に彷徨うから、争いごとは起きない。みんな一回死んでるから、人生、いや、ゾン生に余裕がある。お金がないから、貧困も格差もない。人種だの性別もよくわからないから、偏見や差別もない。人間がこれ以上自然を破壊することもないですしね。」
ゾン生が引っかかったが、確かに言っていることは一理ある。
ゾンビになってから、会う人会う人みんな優しい。
ただ一つ、どうしても言いたいことがあった。
「じゃあ、生きている人を嫌でも襲わないといけないのは、どう説明するんですか?あんなの食べてる方も食べられてる方も地獄ですよ。」
男は急に落ち込んだ様子になった。
「それは私も想定外だったんです…」
「どういうことです?」
「いやね、私が開発したウィルスは、非常に強力なんです。だから大量に撒きすぎると、ゾンビにならずに完全に絶命しちゃうんですよ。逆に少ないと、ゾンビにならない生存者が出てきてしまいます。世界の人口に合わせて適切な量を撒けば、みんないい具合にゾンビになるハズだったんです。」
「なるほど?その量を間違えたんですか?」
「いや、私の計算は正しかったんです。しかし…」
「しかし?」
「中国とインドの人口が、統計より遥かに多かったんです。」