【ショートショート】 『トンネル』
「日曜の夜さ、あのトンネルに行ってみようぜ」
4時間目が終わった時、クラスメイトのAが話しかけてきた。
「え、嫌だよ」
「何だよ、ビビりすぎだろ笑。KもNもSも行くって言ってるぜ」
「そういうわけじゃないけどさ…大体親に何ていうつもりなの」
「解決済み。もう6年生だし、ちゃんと時間を守るならって」
「それでもウチはダメって言うんじゃないかなぁ」
「やっぱビビってるだろ笑」
「だから…」
意外にも、両親は了承してくれた。
こうして、俺たち同級生5人であのトンネルに行くことになった。
町のはずれにある、小さなトンネル。
ただでさえ田舎なのに、こんなところに足を運ぶのは、怖いもの見たさな奴だけだ。
でも、この辺に住んでる人なら、みんなが知っているような有名な場所。
むしろみんなが知っているから、情報がバラバラに広がっている。
やれ、「自殺した髪の長い女性の霊」だの、「ここで事故死した子どもの霊」だの、「戦死した兵士の霊」だの。
要は、とにかく暗くて薄気味悪いということだ。
懐中電灯を持って夜の道を歩いていく。
正直、ここまでの道だけでも充分怖い。
どんどん灯りが減っていく。田んぼのカカシすら〈なにか〉に見えてくる。
「やっぱりお前が一番ビビってるな笑」
Aだけはずっとこんな調子だ。
どういう神経してるんだコイツは。もしくはめちゃくちゃ無理してるのか?
そんなことを考えていたら、トンネルの入り口についた。
夜のトンネルは、思っていたよりも遥かに気味が悪い。
うっすらとついている灯りが、より一層嫌な雰囲気を醸し出している。
中には点滅してるものもあるな。
「ボサっとしてないで行こうぜ」
やっぱりAが率先して前に進む。
正直行きたくないけど、これ以上ビビり扱いされるのも嫌だ。他のみんなも同じ気持ちらしい。
俺たち4人はAの後ろにつく形で歩き出した。
トンネルの中はやけに湿ってて、それがまた気持ち悪い。
自分達の足音が、ザッザッ、カッカッと響くだけ。完全に音がない空間は、俺たちにじわじわと不安感を植え付けていった。
「んだよ何にもねぇじゃん。まだウジウジしてんのかよお前ら」
「もうつまんねぇから奥まで走ってくるわ」
Aはそう言うと、本当に一人でダッシュし始めた。正気の沙汰とは思えない。
残された俺たちだったが、さすがにAをほっておいて引き返すわけにもいかず、ゆっくりと前進を続けた。
真ん中くらいまで来ただろうか。
向かって右側の壁に、錆びた大きな扉がある。
作業者が使う道とかに繋がっているのか…?
「おい、開けてみようぜ」
誰かがそう言ったが、流石に怖すぎるという結論になり、引き続き前に進むことにした。
この道に多少慣れてきたのかもしれないが、特に何も起きないので徐々に落ち着いてきた。
きっとAはお化け屋敷とか、ホラー映画とか、とにかく怖いコンテンツに慣れてるから平気なんだなと思った。
そんな風に考えていた次の瞬間、Aの叫び声が聞こえてきた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
俺たちは駆けつけることもできず、ただ震えながら立ちすくんでいた。
ダッダッダッという足音と共に、全速力で走るAの姿が見えてきた。
「でっ、出た!出た出た!走れ!!!」
いつもの余裕綽々の表情とは一変、顔面蒼白で逃げる姿を見て、流石におふざけではないと察した俺たちは、一斉に元の道を引き返した。
ハァ…ハァ…ハァ…
とっくにトンネルの入り口を過ぎたところで、俺たちはようやく立ち止まった。
「おい、一体何があったんだよ」
全員が口を揃えてAに尋ねる。
「どうせ信じないだろ」
Aは俺たちを疑うように見る。
「いや、Aがここまで焦るってことは、相当なことなんだろ。信じるよ」
俺が言うと、Aはしばらく黙ったあとに話し始めた。
「天井にさ、いたんだよ。人が。這うようにしてさ。」
俺たちは唾を飲み込んだ。
「どんな見た目だったの?」
「そんなのよく見てねぇよ…何かいるって思って逃げたから」
「逆にお前らは何ともなかったのか?」
「うーん…」
「あ、そういえば途中の壁に、錆びた扉があったよな。Aは開けたりした?」
「扉?そんなの無かったけどな」
「いや、気づかないわけないよ、あの大きさで」
「いや、本当に無かったって。ライトで辺りを照らしながら走ってたし」
「え?」
俺たちは顔を見合わせた。
後日、学校でこの話をしたが、案の定誰も信じてはくれなかった。
Aはあれ以来、心霊スポットには行けなくなったらしい。
相当な恐怖体験をしたんだ。無理もない。
俺たちは俺たちで、どうしても理解できないことがある。
あの錆びた扉を見つけた時、
「開けてみようぜ」
と言ったのが、未だに誰なのか分からないのだ。