信号
歯の治療の入院をしていてもっとも歯痒いことは、ダントツで言葉を離せないこと。要は、意思表示をスムーズに行えないこと。
いつものように自分の考えを伝えられないことは、想像するよりずっとメンタルに響く。
足の骨を折って歩けなくなることも、手を火傷して使わなくなることも確かに立ち行かない気持ちになるが、話せないこと、ごく当たり前に思考を伝達することができなくなるのは、それとは別の方向からメンタルを蝕む。
金縛りにあったことはあるだろうか。
目が覚めたら体が動かず、意識だけは鮮明で、どうしようもなくなるあの現象。オプションで幽霊や超現実的な存在の認識がつく人もいるらしい。
他の人は知らないが、私の場合、それが呼吸不能のような状態で起こる。
想像してほしい。普通に生活して普通に睡眠をとったある日の夜、なんの前触れもなく、意識の覚醒と呼吸の停止が起こる。しかし体は動かず、精一杯声を出そうとしても喉は震えない。やがて意識はキャパシティを減らしていき、恐怖のうちに混濁して何も考えられなくなっていく…
3年前から数えて、少なくとも10回はこれが起こっている。その度に「今回は死んだかもな」と一瞬頭をよぎる。でも目は醒めて、安堵し、普通の生活を送り続ける。自分でも異常なことだと思う。
「眠るように死にたい」と言う人が多くいるけれど、私も前は思っていたけれど、こんな経験をしてしまっては、そんなこと簡単に語れなくなった。
意識が徐々に無くなっていくアレは、恐怖体験そのものだったからだ。自分という存在、なくてはならない当たり前の存在が、ぶれずに立っている支柱が、突如として無くなりそうな危うい感情に支配される。
自我を失うことすなわち、死なのだと考える。
認知症やその他精神病、自我を消失していくそれらは、ゆっくりと死に近づいていく脳の過程なのだろうなと憂慮する。
私はそうなったことがないから分からないけれども、きっと患者の方々はそれにコンプレックスをもって恐怖しているのだろう。いずれ私もそう考えるのだと思う。
麻酔や医療技術の発展で、治せなかった病気の治療や、苦痛の軽減が日々進んでいる。
この次は患者の意思伝達になってほしいと思っている。出来るかどうかは、完全に専門外なので分からないけれど。
あとは思考において後悔がないように。
コミュニケーションが取れるということは、とてもかけがえのないことなのだから。沢山、でなくとも、共有したい感情、伝えたい思いは、その時に伝達しないと、いずれはそう出来なくなるフェーズがやって来るかもしれない。
メンタリティの弱った人間にいちばんダメージのあるものは後悔の感情だから、とは一概に言えないけれど。この記事を読んでくれた皆さんには、ご精読ついでに、「伝える」気まぐれを起こして欲しい。