クリスマスのサプライズ【創作文】
シャンシャンシャン、シャンシャンシャン。
この時季お馴染みのクリスマスソングが、そこいらで流れている。至るところにツリーが置かれ、電飾がチカチカと点いたり消えたりしていて、何と言うか陽気だ。結構、結構。存分に浮かれるがいい。私はそんな浮かれた方々から、お給料を頂いているのだから。かく言う私のアルバイト先である飲食店も、店先にツリーを飾っている。クリスマスソングをBGMに、従業員たちは半ばやけくそで笑顔を振りまいていた。
夜9時過ぎ。いつもの3割増しくらいの疲労を感じながら、ようやく家に辿り着いた。この春から住んでいる、そこそこ年季の入ったアパートだ。ドアの前まで来ると、郵便受けに一通の手紙が差し込まれているのに気付いた。白い無地の封筒。宛名も、差出人も、もちろん切手も消印も無い。
おっと、これは物語が始まりそうな予感…と言いたいところだが、恐らくこれはサンタクロースの仕業である。即解決。短編小説にもならない。注釈を添えるとしたら、【*サンタクロース…私の父】である。いくら自分の名前を差出人欄に書きたくなかったからといって、わざわざ片道一時間かけてまで直接持ってくるとは、恐れ入る。さて。
とりあえず部屋に入って、きちんと鍵をかける。防犯だけはしっかりするようにと母から言われているのだ。「鍵はちゃんとかけて、誰か来たら相手を確認してから開けなさいよ。」
しかしまあ、母は結構あっさりした人で、それだけ注意すると、あとは私の一人暮らしに干渉することも無かった。父に至ってはこれまでどおり。父は、ひと昔前の父親像そのものみたいな人だ。無口で堅物。必要以上の会話さえ昔からほとんどしたことがないし、遊んでもらうなんてもってのほかだった。父は私のことが嫌いなのかもしれない、当時の私はそう思っていた。しかし後に、あることがきっかけで、その思いは間違いだと知ることになる。
そのきっかけというのがこちらである。じゃーん。年に一度の大サービス。サンタクロースによる手紙とプレゼント。まあ、今年は手紙だけのようだが。
ようやく静かな室内に入ったというのに、耳の奥ではクリスマスソングがリピートされている。一日中聞き続けていたのだ、もはや洗脳に近い。とは言うものの、別にクリスマスみたいな行事が嫌いというわけではない。ただ、今年のクリスマスはちょっとタイミングが悪かっただけのこと。ちょっと、つい先日恋人と別れたばかりでクリスマスの予定が無くなりアルバイトに明け暮れた結果一人寂しく過ごす夜になっただけ、のこと。
クリスマスらしいこともせずに終わるのだと思っていた。だから、サンタクロースがもたらしてくれたサプライズは、正直嬉しかった。
よし、感謝の意味も込めて、たまには父に電話をかけてみよう。まずは封筒の中身を確認して…うん、思った通りクリスマスカードだ。しかし今年はいつもと違うところが一つだけあった。
【一人暮らしはどうですか。近いうちに、顔を見に行きます。】
例年には無い手書きの一文が追加されていたのだ。…顔を見たいのなら、今日ついでに寄っていけば良かったじゃん。まさかどこかに隠れてるとか無いよね。軽くホラーなんだけど。
念のため部屋の中を見回し、トイレとお風呂場まで確認したが、誰も居なかった。仮にも大学生の娘だ、クリスマスは彼氏と過ごすかもしれないと考えて遠慮したのかもしれない。残念ながら別れてしまいましたが。本当に、なんで急に振られたんだろう。
とりとめもない思考を中断して、改めてカードに視線を落とす。滅多に見る機会のない手書きの文字は、父の顔に似合わず丸っこい。何だか少し意外だ。
意外と言えば、父…じゃなかった。サンタクロースが毎年くれるプレゼントにも、いつも良い意味で期待を裏切られた。私の趣味に合うものばかりだったのだ。興味のないようでいて、実はちゃんと私のことを気にかけてくれていたのだろう。
しかしこの恒例行事も、一人暮らしを始めた今年からは無くなると思っていた。と言うのもこれまで、手紙とプレゼントは枕元に置かれていたわけでも、ましてや父が直接渡してくれるわけでも無かったからだ。それらは一人の良心的な隣人の犠牲によって、私の元に届けられていた。
「これ、サンタさんからだって。」生暖かい笑顔と共に、毎年手渡されるそれら。回数を重ねるごとに、こちらとしても恥ずかしいやら申し訳ないやらで、居たたまれなくなっていったのだが。
そもそも私は、初めからサンタクロースを信じていない子どもだった。それでも父に言及しなかったのは、妙に大人びたところのあった私と、人のいい隣人とで取り決めた、父に対するせめてもの気遣いだった。また、私たちは、父が枕元にプレゼントを置かないのは、母に知られたくないからだと推測した。案の定何も知らない母に、「これどうしたの?」とプレゼントについて聞かれた時には、「お隣のお兄ちゃんにもらった」と言って誤魔化した。一応、嘘ではないわけだし。
しかし、そんなサンタクロースとご対面する機会がいよいよ訪れるらしい。近いうちに、とは書いてあったが、具体的にいつにするのか聞いておこう。感謝を伝えるために電話をするのは、よく考えたら何だか恥ずかしいし。電話をするに足る理由を用意して、私はスマホを手に取った。
呼び出し音、3コール目。そういえば父はスマホを持ち歩かない人だ。それってスマホの意味があるのかと言いたくもなるが、仕事用の方は一応持ち歩いているらしい。あいにく、仕事用の番号を私は知らないので、父が家に帰っていることを願うばかりである。…まさかもう寝てたりしないよね。そうこう考えているうちに6コール目。ようやく呼び出し音が止んだ。
―――どうした。
第一声目がそれかい。相変わらず愛想の無いサンタクロースだ。本人とクリスマスカードのギャップに笑いそうになりながら、私は答えた。
「特に用は無いけど、元気にしてるかなあと思って。」
―――…ああ、こっちは変わりない。
本当にこの人、サンタクロースかよ。やっぱり人は上辺だけじゃわからない。でも私は、お父さんがどんな人か、ちゃんとわかっているから。
「あと、メリークリスマス、って言おうと思って。」
―――ああ、今日だったか。
「まだとぼけるか…。まあいいけど。」
―――年末は帰ってくるのか。
「お父さんが来てくれるんじゃないの?」
―――考えておく。
「はいはい、日にち決まったら教えてね。」
―――何か困ったことはないか。
「ないよ、大丈夫。」
―――そうか。戸締りには気をつけるんだぞ。
「お母さんみたいなこと言わないでよ。お父さんこそ、風邪とかひかないようにね。それじゃ。」
―――ああ。
通話を終えて、ふうと息を吐いた。慣れない父との会話に、無意識のうちに緊張していたようだ。アルバイトの疲れも相まって、ソファに腰を下ろしかけたその時。
―――ピンポーン
ドキッとした。このアパートに来るのは、荷物の配達員か、両親くらいしか思い当たらない。今の時刻は22時に近いから、前者は無いだろう。と言うことは。
電話によって、一度は消えたはずの陽気なクリスマスソングが耳の奥で再び流れ出した。やっぱり洗脳だ。実は私も浮かれているのかもしれない。弾かれるように玄関へ向かい、勢いよくドアを開けた。
サプライズ。そこには、生暖かい笑顔を浮かべたサンタクロースが立っていた。
「メリークリスマス。」
パタン、と静かにドアの閉まる音がした。
おしまい。