レトロゲームの追憶 #06 クレイジー・クライマー(日本物産/1980)
かつて「ゲームセンターあらし」と呼ばれた筆者が幼少期に出会ったビデオゲーム紹介と、ゲームにまつわる懐古をゆる~く綴ります。
クレイジー・クライマーのゲーム内容
クレイジー・クライマーは、プレイヤーキャラである「クライマー」を操作して超高層ビルを登り、屋上を目指すゲームです。
クライマーの操作は2本のレバーを使います。ボタンはありません。横並びに配置されたレバーはそれぞれが左右の腕に対応しています。左右のレバーを互い違いにリズミカルに交互に上下させると、クライマーはまるでハシゴを登るようにビルを登っていきます。レバーを両方とも上に入力すると腕を伸ばしてぶら下がる格好になり、両方を下に入力すると腕で踏ん張ります。横方向への移動は両方のレバーを左または右に入力します。以上が基本的な操作方法です。
敵キャラの攻撃や落下物などを避けてビルの屋上まで到達し、待機しているヘリコプターにつかまればステージクリアとなります。
クライマーは窓枠をつかんで登っていきますが、つかみ中にガラスが完全に閉じるとつかみが解除されます。またガラスが完全に閉じている窓枠をつかむことはできません。したがって少なくとも左右どちらかの手が常に窓枠をつかんでいる必要があり、どちらもつかむことができていない状態になるとクライマーは落下してミスとなります。
クライマーを邪魔するギミックは開閉を繰り返すガラス窓の他にも、窓から顔を出すおじゃまMAN、おじゃまMANが落とす植木鉢、しらけコンドルのフン、キングゴリラのパンチ、降り注ぐ鉄アレイや鉄骨、感電するシビレ看板、当たるとほぼ即死のハズレ看板などバラエティに富んでおり、適度な緊張感を与えつつ見た目の楽しさを演出しています。
当時としては珍しく音声合成も取り入れており、植木鉢に当たると「イテッ」、落下すると「アーッ」と叫ぶため、クライマーに愛着がわいて何度もプレイしたくなります。
独特の世界観と特異な操作性による難度の高さでゲーム史に残る名作となったクレイジー・クライマー。攻略にはスピーディかつ正確な操作と冷静な判断力が求められます。
クレイジー・クライマーの思い出
クレイジークライマーとの最初の出会いは家から車で30分ほどの距離にある隣町のジャスコだった。そう、「ジャスコで逢いましょ~ ジャスコでね」のCMでおなじみの、老若男女が集う人類の終着点・ジャスコ!
母は毎日、実家の土産問屋の手伝いと家事と子育てに追われてたんだ。そんな忙しい母が、たまに息抜きでジャスコにショッピングに出かけることがあったの。ジャスコはオレにとって「最新のゲームが置いてあるかもしれない」という淡い期待を抱かせるワンダーランド!しかし鉄道もない片田舎の小学生が一人で出かけるには遠すぎる場所。オレは常日頃から母がジャスコへ行く日を心待ちにしてたのよ。
そんなわが子のヨコシマな心を知ってか知らずか、母はいつも自分の方から「ジャスコに行こう」と誘ってくれた。ジャスコに着いたら最短ルートを通ってゲームコーナーに直行!携帯電話はおろかポケベルすら存在しない時代。オレはゲームコーナーから一歩も出ることなく、母が迎えに来るまでゲーム三昧の至福の時間を過ごしながら腕を磨いていたんだ。母も久しぶりの自由な時間をゆっくり楽しみたいだろうからね。ジャスコ最高!
大げさじゃなく当時のジャスコは本当に最高だったよ。ゲームセンターが生活圏に存在しないオレにとってはまさに夢のような空間。すこぶるお腹が弱かったオレだけど、突然のビッグウェーブが来ても綺麗なトイレでゆっくり脱糞できるという安心感もある。ゲームに集中するには最高の環境!ってな感じでドーパミン出まくりなわけ。ミサイルコマンドやサスケVSコマンダ、ムーンクレスタといった最新ゲームとの出会いも圧倒的にジャスコが多かったんだよね。
そんな数ある出会いの中でもクレイジー・クライマーのインパクトは強烈だったよ。向こうの方でゲームをプレイしている中学生と思しき丸刈り坊主頭の学生服の少年。体が一定のリズムで小刻みに揺れ動いている!?それまで見たこともない異様な光景だった。好奇心を抑えられなくなったオレはすぐに駆け寄り、画面を見て驚愕した。
「えっ!?何コレ?どういうこと?頭オカシイ!」
オレの第一印象が間違いでなかったことはインストカードのタイトルを見てすぐにわかった。
「クレイジー…クライマー?」
命綱なしで高層ビルをひたすらよじ登るゲーム、というぶっ飛んだ発想!ネーミングセンスも光ってますよ、さすがニチブツさん!今の時代ならコンプラ警察にクレームを浴びせられて即発禁になりそうなレベルのキチ●イっぷりだ。クライマーvsクレーマーの戦いにならなくてよかった!昭和最高!
窓から瓶や植木鉢を放り投げてくるおじゃまMAN、降り注ぐ鉄アレイや看板、コンドルやゴリラによる妨害など、演出もとにかくクレイジー!さらにどこかで聞いたことのあるメロディの数々がそこかしこに散りばめられ、雰囲気を盛り上げるよ!コンプライアンスや著作権侵害のゆる~い時代だからこそ生まれた奇跡のゲームなんだ。レバー2本だけという操作系も当時としては画期的かつ独創的でイカしてる!クレイジー・クライマーはまさに唯一無二の存在だったってわけ。
実際にプレイしてみると、とにかく最初はクライマーを思うように動かせなくてストレスMAX!キーボードクラッシャーならぬコンパネクラッシャーになるかと思ったくらいムズい!しかし、そこは赤い彗星に感化された癇癪坊主。冷静になって一旦プレイをやめ、上手い人を観察することにした。我ながら成長したな!もう「坊やだからさ」なんて言わせないぞ!なんて思いながら見てたら気が付いた。どうやらレバーはガチャガチャといたずらに速く動かすより、優しく丁寧に動かした方がいいっぽい。
ツルツルの童貞にはハードルが高いテクニックだが、指先に意識を集中してレバーの先っぽの玉を弄ぶように動かしてみた。するとあら不思議、状況に応じてクライマーの姿勢を操れるようになったではないか!ドMの極みであるこのゲームが徐々に面白くなってきた。ひとたびコツをつかむと、ビルの屋上で待つヘリの姿を拝めるようになるまでさして時間はかからなかった。クレイジー・クライマーは、この「上達してる感」が最高に気持ちイイのよ!
初めて経験するその快感に興奮が冷めやらないオレは、帰宅後も次回プレイのために毎日脳内でイメトレを繰り返したんだ。しかし再びジャスコに行く機会はなかなかやって来なかった。傷心気味に近所の土産屋で任天堂の新作のスペースファイアバードに興ずるも、所詮はギャラクシアン系の見慣れたゲームデザイン。クレイジークライマーの新鮮な感覚と比べると全然刺激がなくて物足らん!。会いたい気持ちが強くなればなるほど、会えない時間が長く感じた。会えない時間が愛を育てるなんてことはないのだよひろみ君!
ネオジオCDのロード時間のように終わりの見えない恐怖におびえながらひたすら待つ日々が続いていたある日、ついにその時がやって来た。クレイジー・クライマーが来たのだよ!オレのホーム、駄菓子屋Aに!その日オレは取りつかれたようにプレイし、門限の18時が近付いてもレバーから手を離すことはなかったよ。イメトレの効果もありすでに2面クリアは当たり前で、3面を安定して攻略する方法を模索していたんだ。
ある日いつものようにプレイに熱中してたら、顔見知りのヤンキー中学生たちがぞろぞろと店にやって来てさ。みんなしばらくオレのプレイを眺めてたんだけど、2面をクリアしたところで「町内一のワル」で有名なぜんちゃんがマイルドセブンの煙を吐きながらこう言ったんだ。
「次の面、ノーミスでクリアしたら500円やるぞ」
何!500円!?クレイジー・クライマー10回分…王貞治のCMでおなじみ「1.5倍で50円」のペプシ500mlなら10本分の大金だ!これは乗るしかない!眉毛がない不良のくせになんて気前がいいんだ!と思っていたら、その言葉には続きがあったよ。
「そのかわり、ミスったら残りをやらせろよな」
なるほど…こいつはこのゲーム史に名を残すであろうクレイジー・クライマーの虜になって今日もここに来たんだろうが、ウデマエはきっと大したことないんだろう。自力では到達できないこの3面をプレイしてみたいからこんなバクチを打ってきたに違いない。
前年に機動戦士ガンダムのリアルタイム放送を見てすっかりシャアに感化されていたオレの脳みそは、彼のように「チャンスは最大限に生かす」という思考回路になっていた。
「いいよ!クリアできたら本当に500円だからね」
赤い彗星が憑依したかのごとく、オレは通常の3倍のスピードで屋上を目指した。1面では落下物に一切当たらずにクリアできる程のプレイスキルを身に付けていたオレにとって3面序盤の鉄骨&鉄アレイ地獄を抜けることなど造作ないことだ。初見殺しのハズレ看板も位置取りさえミスらなければ怖くないのだ!わっはっは!
(見えるぞ、私にも敵が見える)
一番の脅威はおじゃまMANとのお見合いと、高速で開閉する窓ガラス。落下物を避けながら進行ルートを見極め、慎重かつ大胆に登っていく!
(戦いとはいつも二手三手先を考えて行うものだ)
難関を次々に突破するオレのプレイを見て「えぇ~!?」とうろたえるぜんちゃん。すでに終盤の窓2列エリアに突入していたオレは、ここでラッキーバルーンにつかまるべきかどうか迷ってたんだよね。ラッキーバルーンは特定の場所に浮遊しているギミックで、つかまると国民的ネコ型ロボットのメロディにのせて8階分をショートカットできる超便利アイテムなの。
落下物を回避できるというメリットがあるから積極的に利用したいんだけど、バルーンはふわふわと揺れ動いてるからつかむタイミングが難しいんだ。おおっと!今回はいい感じで近付いてきた。すかさずオレは右手をビルの外側に向けて伸ばしたよ。
「アーッ!」
バルーンをつかもうとした瞬間、左手をかけていた窓のガラスが一瞬で閉じた。シビレ看板の感電技で全身を真っ赤にカラーチェンジして「ガンキャノン、行きま~す!!」と叫ぶほどの余裕をみせていたオレのクライマーは、悲鳴とともに落ちていった…。
(認めたくないものだな…自分自身の、若さゆえの過ちというものを)
オレは無念の表情でぜんちゃんを見ると、彼は額の汗を拭く素振りを見せながら言ったんだ。
「やばかったー、おまえすげぇな」
プレイを交代することも忘れて、笑いながらオレの肩に手を置いたぜんちゃん。他のヤンキーたちは自然に笑顔になった。その場にいた子供たちも笑顔になった。駄菓子屋の中はすがすがしい空気とタバコの煙で満たされていたよ。
「今度コツを教えてくれ」
「いいよ!じゃあ、またね!」
すでに門限を過ぎてたから、オレは急いで店を出た。夕焼け空は見慣れてたはずなんだけど、この時の夕焼けはいつもより美しく見えたなあ。
クレイジー・クライマーは人の心がひとつになることの喜びをオレに教えてくれた、とってもエモいゲームなんだ。