子ども食堂あのね
わたしがなぜ子ども食堂を始めるのか。
何を大事に思って活動していくのか。
なぜ『あのね』なのか。
これを書いてみようと思います。
きっと長くなりますが、最後まで呼んでいただけたら
嬉しいです。
まずなぜ子ども食堂を始めるのか。
二つ理由があります。
そして二つとも自己中心的な理由です。ご了承ください。
1つ目の理由
自分が子どもだった時、
助けてほしかったから
そして助けてもらったから
です。
両極端でどういうこと?となるかと思いますが、
わたしは親が両方教員をしていて寂しい思いをたくさんしました。
何度もいじめにあいました。
いじめにあっていた時に助けてと誰に言えばいいかもわかりませんでした。
家でひとり日が沈む時間が嫌いでした。寂しかったです。
ただただ誰かに側にいてほしかった。
誰かにわたしも見てほしかった。
という経験が助けてほしかったです。
そして
近所のおばあちゃんが編み物を教えてくれました。
親の代わりに保育園まで迎えに来てくれる友達のお母さんがいました。
いつもの行く駄菓子屋さんでお菓子を買ってそこで話ながらお菓子を食べていました。
友達の家族が誕生日のお祝いをしてくれました。
近所の大好きな犬のいる場所で勝手に遊んでいました。
怖い顔したおじいちゃんだったけど、たくさん遊んでくれました。
お弁当を忘れたわたしにみんなに内緒でおにぎりをくれたコーチがいました。
ネグレクトじゃないかと心配して他機関に相談に行ってくれた保護者がいました。
学校帰りいつも友達の家に一緒に帰っても嫌な顔せず、夕ご飯をくれる家がたくさんありました。
毎朝ボランティアで旗持ちをしてくれる地域のおばちゃんがいました。
学校から帰るのに2時間もかかっていたわたしを迎えに来てくれる近所のおばちゃんがいました。
学校に行けなくなったときに、遅刻でもいいからと車で学校まで送ってくれる地域の方やおばがいました。
家まで迎えに来てくれる先生もいました。
毎朝電話してくれる友達や先生がいました。
これが助けてもらった体験です。
助けてほしかったころの自分を助けるためと
助けてもらった時のことの次世代への恩返しです。
わたしの様に孤独な子どもの側にいるおばちゃんになりたいのです。
ちょっとおせっかいで、やりたがりな鬱陶しいほどの地域の人になりたいのです。
そして2つ目
ご存じの通りわたしは子どもが産めません。
でも本当は本当に子どもが大好きなのです。
だから
その子育てを少しでも手伝わせてほしいのです。
これもだたのおせっかいです。
それでも少しでも力になれるならいいなと思っています。
子どもの産めないわたしの人生の選択が
子ども食堂です。
わたしが大事にしたいこと
それは一人一人に向き合うんじゃなくて寄り添うこと
ただそれだけです。
誰かひとりのための居場所を永遠に大事にしていたいです。
いつでもここがあるよって言いたいです。
学校から逃げても家から逃げてもここがあるよって伝えたいです。
わたしがいるよ。って
そんな居場所になりたいです。
そしてなぜ『あのね』なのか
それは子どもが何か言いにくいことや嬉しかったことをいうときに
『あのね…』から始まることが多いからです。
そんな『あのね』から広がる子どもたちの世界を守りたいのです。
『あのね』が言いやすい場所でありたいのです。
だから『子ども食堂あのね』です。
子ども食堂といってますが、地域の誰でも来てほしいです。
もちろんお年寄りにも来てほしいです。
お年寄りからの『あのね』の昔話でもいいのです。
そんな人生の先輩の言葉も聞きたいのです。
そんな感じです。
大人も子どもも、親も、おじいちゃんもおばちゃんも
みーんなが『あのね』って言える場所にします。