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ブラックとカフェラテ⑬
わずかばかりの期待を描きながら、いつもの自動販売機のところに行く。しかし、彼女はいない。当たり前だ。期待を抱く方が間違いなのである。
仕方なく、ブラックコーヒーを買った。そして、椅子に座る。その心は、また家の布団にこもっていた日と同様の落ち込みだった。しかしなぜこんなに自分が落ち込んでいるのかまたもやわからない。金野に予定通り、本を貸すことができた。彼女に頼まれていたことをして、彼女は「ありがとう。」と私に言ったのである。十分ではないか。なにも、することはない。しかし、私のなかでは再び本を渡した後、流れるように私の前をさった金野の姿が再生されるのであった。
「用があるのは本だけか・・・・・」コーヒーを一口飲んだ後、一人でそのようなことをつぶやいた。何か、このまま前回と同様に落ち込んでいくことが予想されたので、前回とは違う行動をとってみることにする。金野に本の紹介や、説明をしていなかったので、テキストメッセージで説明することにした。「まかせる。」と言われた以上、そこまでの責任はあると感じていたからである。
私は携帯を取り出し、lineを開き、本についての説明となぜ私が金野におすすめするのかということを詳細に打ち始めた。その手は止まらない。何も躊躇することなくすらすら、フリック入力できるのである。それもそのはずだった。私のなかでは、今日、彼女の前で、ここで話すはず内容であったからである。それがlineを通じたテキストメッセージに変わっただけだった。小さな違いだけれども、私の心にとっては大きな違いだった。私のとなりに、見える距離に、金野直子はいない。思い出されるのは、本の入った手提げだけをとり、礼だけを言って、去っていった後ろ姿である。「用があるのは、本だけか・・・」もう一度、そうつぶやいたあと、コーヒーを飲み干した。そして、ゴミ箱に空き缶を入れた後、歩きだす。もう、図書館に行くのは、断念した。その先が見えていたから、二の足は踏みたくなかったから。
〇
その日の夜、金野からは、夕方におくった本の説明に対して、「ありがとう。読んだら、返すね。」というメッセージが送られてきていた。私は、これがなぜ彼女にふさわしい本であるのか、どのような思いでこの本を選んだのかということを、書いていた。しかし、帰ってきたのは、いたってシンプルなメッセージだった。「用があるのは、本だけか・・・」その日、呟いたそのセリフの数は10回を超えていた。彼女から届いたメッセージにスタンプを返した後に、過去に自分が打ったメッセージを遡ってみた。すると、私はよく考えれば、彼女に、「セミナーの終わりに渡すね。」としか送信していなかった。ふとその客観的事実を見つめてみると、まだ望みはあるように思えた。
彼女には、本を渡すとしかいっていない。その先は約束していない。もしかしたら、忙しかっただけかもしれないし。そのような解釈が始まった。しかしそのような解釈ができるのは全体の解釈のなかの3割くらいで、7割はやはり、「用があるのは、本だけか・・・・」という、不信感に似たような勝手な想像に基づくものだった。
二の足は踏まない、生活に支障をきたさないと心に決めていた私であったが、その後2日にわたって家から一歩もでない生活を続けた。今度の立ち直るきっかけは、食料と、手持ちの現金が家からなくなり、強制的に外に出なくてはならなくなって、鏡を見た時の自分の惨めな姿に危機感を覚えたことであった。その次の日からは学校の図書館などに足を赴けたものの、セミナーの課題などの最小限のことや軽い小説しか読むことができなかったり、すぐに集中が切れたりと、完全に立ち直ったとは言い切れなかった。金野直子の承認と言うドラッグを使っていないために、立ち直りも中途半端で、食欲もなければ、気力もないただ図書館に足を運んでいるだけの生活といった感じであった。
師走も終わる頃であったため、もう時期訪れる正月休みによって絶望のような生活が一旦断絶されるとだけが救いだった。その年、最後のセミナー。資料の読み込みも甘く、議論にも、質問にもいつものように加わることができなかった。横の太田がふとしたときに、「具合悪いのか?」と聞いたくらい私は元気がなかったのである。金野の姿も目に入った。金野は、私の好きな金野のままだった。質問や議論の参加は少し控えめで、しかし、人の話は一生懸命聞き、メモを真剣にとっている。いつもの金野であった。本はどうだったのだろうか。少しは目を通してみたのだろうか、あれから何も彼女から連絡はない。絶望のなかでも、この前のようにカフェに誘われるのではないかという、聊かの期待のようなものがあったが、その希望は前日にないということがわかった。そして今日もないだろうと思っていた。そのようなことを考えているとあっと言う間にセミナーが終わった。やっと終わった。そう思った。金野のことをあれこれと考えながら、金野が目にはいるなかで行うセミナーはあまりにもつらかった。それは落ち込みのなかでも、好きという思いが芽生えてくるから余計に精神にダメージを与える。その落ち込みの影響は今まで影響を及ぼさなかったセミナーにも及ぼすようになっていた。
早く家に帰ろう。今日は、図書館に足を運ぶことはしないでおこう。なんだか、疲れていて、休みたい。一刻も早く、床に入りたい思いである。しかし、この流れで行くとまた、布団からしばらく出られない日々が続く。帰省ラッシュのなか、実家に帰省する気も起きないかもしれない。
項垂れて帰ろうとしたその時、セミナーの担当教官である後藤教授の声が聞こえた。「今日は、この一年、お疲れさんということで、私のおごりで全員で飲みに行こう。」いつもなら、喜んで承諾する誘いだ。しかし、このような日に、ましてや、金野も来るかもしれないのに飲みに行くなんて、御免だと思った。
しかし、私は押し切られてしまった。太田と山本が私に、「中本も行くよな?」と詰め寄ってきて、とっさのことであったため、断る理由が思いつかず、あいまいな返事とはにかみをし、それが承諾と取られてしまったのだ。
そのような、情況に陥りながらも横目に、金野の方を見ると、金野もどうやら参加するようだった。彼女と一緒な飲み会に参加するのは初めてだ。ふとそう思った。ならば、少し行く価値もあるのかもしれない。私の心は少しずつ参加を肯定的に捉えるようになっていった。
つづく
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