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ブラックとカフェラテ⑭

ブラックとカフェラテ⑬のつづき

 いつも使う居酒屋で、飲み会は結構された。指導教授の後藤の呼びかけもあってか、アルバイトで来ることができない2人を除いて、残りのセミナーのメンバーは参加したのであった。いつも、突発的に開催される飲み会は4、5人程度だから、相当多い。

 居酒屋の入り口の前に集合となっていた。私は一番早く来た人と一番遅く来た人の中間あたりに位置した。私の後に、後藤教授が来て、そして一番最後から二番目に金野が来た。そして、一番最後の者が来て、全員で入った。後藤が良く使う常連の店だったので、当日の急な予約でも二階の座敷の席に行くように言われた。雑多な列を作って店の廊下、および階段を進む。私の視線には、少し前を行く金野直子が入った。彼女は、同じゼミ生の高木という男と談笑をしている。笑顔も見せていた。それまでのこともあり、それがたまらなく悲しく、そして悔しく思えたので私はスマホの画面に目を移し、見るのを控えるのであった。
 やがて、部屋に入った。その日来た人々、14人が丁度収まるような部屋のサイズ、座布団の数である。既に、そのテーブルには所謂お通しと呼ばれるものが容易されていたのであった。リーダー格である片山が先生を上座に座るように促した。そして、スマホを取り出し、数を設定し、ランダムに出てくるようなアプリを使って決めることを取り仕切った。私は4番を引いた。私の正面の席を見ると、金野の前だった。位置関係だけを考えれば二人でいったカフェAlexと同じ状況だ。いつも通り、自然と心拍数が上がってきた。その場で吐き出しそうなくらいであった。しかし、行かないわけにもいかないので、席に近づくほどに上がる心拍数を感じながら、金野の向かいについにすわった。そして、金野には、「お疲れ。」と一言声をかける。金野も、「お疲れ。」と返すのみであった。そうしたことことをしているうちに全員が自分の席に座ったようであった。私の左隣には、普段親しくしている太田が座った。右隣には、先ほど金野と談笑していた高木が座った。向かいの金野の右には、3人の女性のうちの一人である清水が座った。彼女の左には、席決めを取り仕切っていて最後に残った席に座る片山が座った。人が座るドタバタもあり、結局私と金野が全員が座り終わるまでに交わした会話は「お疲れ様」というのみであった。貸した本のことを聞くのも果たしてここが適切な場所かどうかわからないし、彼女はそのような話を嫌がるのかもしれない。なりゆきを任せようと思うのであった。
 全員座ったことを確認すると、後藤が、「今日は、今年最後だから、なんでも好きな物たのめ。俺のおごりだ。その代わり、来年も頑張れよー。」とと担当教官らしい気ぶりの良いあいさつをした。そして、皆が銘々に「ありがとうございます。」と言ってメニューを見た。金野とは、向いだったこともあり同じメニューを見なければならなかった。しかし、金野と私のみならず誰もメニューを見て、言葉を発さなかった。よくある空気の読み合いである。誰も何を食べたいともいわず、ただじっとメニューを眺めているだけだったので、彼女の横の片山が、仕切ってくれて、「とりあえず飲み物決めよう。」と言った。すると、それまでの均衡がとけたように、「生」という声が至るところから聞こえた。生の人々がおおよそ場の半分ほどを占めた。私は、ビールが飲めないし、今日は気分の落ち込みからか、アルコールすら受け付けなかったので、ウーロン茶を頼んだ。隣の太田からは「一杯目からウーロン茶かよ」という言及があったものの、私が何も反応しなかったためにその言及が、話題となって広がることはなかった。金野は、カシスオレンジを頼んでいた。
 飲み物を決めたところで、食べ物を決める。一人ずついいものを頼んでシェアしようということになり、私は適当に枝豆をいった。行ってみれば、自分の勘定ではないし、然して食欲もわかない。そして、何よりも金野と初めての同席の飲み会で楽しめるだろうと思っていた期待は、彼女の前に座ってあたふたした自分を感じてもう冷めてしまったのであった。大人数で、金野と何の内輪の話をできそうもないし、もうただ今回の飲み会は極力黙っていようということにした。
 飲み物が全員分来て、片山が乾杯の音頭をとり、乾杯をした。目の前にいた金野とも、目を合わせることなく乾杯をした。早くも時計を気にし始めた。

                〇

 食べ物も、来て飲み会は本格的に進んでいった。私は、隣にいる太田と最近読んでいる本の話をしていた。といっても、太田にほとんどしゃべらせて、私は聞くだけだった。彼は、少しアルコールが回って、積極的に喋るようになるので、私がほとんど彼にしゃべらせていてもそれを気にすることはないし。むしろ、喋りのテンポを速め、どんどんとしゃべり始めた。私は、それをずっと聞いていた。しかし、その間にも、時計を3回くらい気にした。あれだけしゃべってもまだ1時間ばかししかたっていなかった。
 太田がトイレにたったところでふと前の金野を見た。金野も横の清水との話がひと段落ついたところだった。少し目があってしまった。私は、彼女を目の前にすると何かを言わなければならないと思って、背筋が伸びた。そのような私を不審に思ったのか再び、金野は清水との会話に戻った。やはり、帰ってしまいたかった。
 すると、横にいた高木が金野になにかを話し始めた。「金野さん。」高木は、コークハイを一杯と普通のカルピスしか飲んでいないのに、相当酔っていていつもより声が大きく、少し控えめな男であるのにもかかわらず、外交的であるかのように明るく話しかけた。奥の方では、後藤教授とその近くに座った3人がなにやら将来のことについて話していて、それ以外は皆横や向かいの人とそれぞれ別個に話しているという感じだったから、高木の横の人を飛び越える話しかけ方は少し珍しく思えた。「武とどうなった?」高木はそう言った。武は、確かexの名前だ、私は一瞬にしてまたもや動悸が打ち始めた。自分が言及されたことのように思い始めたのであった。
 金野は、少し顔を赤らめた。まわりも一瞬沈黙した。そのようななかでも奥の3人は相変わらず、後藤教授たちは、話に夢中になっていた。すると、金野の横にいた清水も「ああ、どうなったの?」と聞き始めた。そのところに丁度太田が返ってきて不思議そうな顔をしていた。太田はもともと、彼らと親しくなかったので途中から話題に参入できるほどではなかったのである。
 私は、高木や清水に対して怒りを覚えた。なぜならば、彼女のあのセミナーでの浮かない表情を、そしてその後の泣きそうな顔でexに裏切られる過程を語った彼女を知っていたからだ。それも知らず、やすやすと聞くことは、どこか彼女の心を土足で侵犯しているように思われた。しかし、その答えは気になった。
「ああ、あれね。別れたよ。」
金野は、さらっと言ってのけた。少し安心した自分があった。「復縁した。」という言葉が出るのではないかと思っていたからである。
「なんでわかれたの?やっぱりあのこと?」
酔った高木はデリカシーというものが完全に崩壊していた。清水は、「もうやめよう。」と言って切り上げた。私も清水に賛成だった。そして、清水を見直した。横の太田は黙っていた。清水は話題を変えようと、「今、好きな人いるの?」清水は話題を変えようと、放った。
 私が、金野に聞きたかったけれど、聞けなかったことだ。清水は女性ということもあり、飲みの席ということもあり、やすやすとそのことを聞いてのけた。
「いない。もう、大学は恋愛しない。大学の恋愛なんてどうせ遊びだってわかったもん。」
 私は、その場で突っ伏して泣きそうになった。あの、カフェラテを飲みながら私に相談をしてきた彼女は、カフェalexで一緒に笑った彼女は、そして帰り道にミントのガムをくれた彼女は、本を私に求めた彼女は、金野直子は何だったのか、今にも吐き出しそうだった。なぜこの落ち込んでいるときに、その残酷な結果を知らなければならないのか。そして、半分信じていなかった去りゆく彼女の姿は実像であったということがわかった。
 私は、平静を装って枝豆をとった。何も味がしない。食べた殻をそれ用の皿にいれようとしたとき、彼女の「うわっ汚い。」という突発的な声が聞こえた。それは、食べた殻を雑にさらに投げ入れた私の殻が、向かいの彼女が置いていたスマホの画面にあたったからであった。彼女は、手拭きで必死にスマホを拭いていた。そして、私を気にする様子はなかった。私にとってはそれがとどめとなった。
 「汚い」私は、「汚い」。結局、それだけの存在でしかなかったのか。私は、彼女にとって「汚い」存在でしかない。今までのも皆嘘だったのだ。私は少しすぼんだ声で「ごめん。」と言った。彼女は私に何も言わなかった。泣き出しそうになったので、トイレに行った。個室に入った私は号泣していた。その時は本当の涙のような気がした。
 真実は本当に恐ろしいものだった。彼女と縮まった距離も、二人の時に味わったどこかうっとりとした空気感も、彼女が私に与えてくれた承認も、すべてがすべて、それが幻想でしかないということがわかった。それは、彼女になげかけられた、「汚い」という言葉に集約されていた。もうそのような現実をみるのは恐ろしく感じた。涙とともに、身体が震え始めた。
 トイレからでた私が現実に戻ることはなかった。その行動が予想できていたのか、私は、財布もスマホも家の鍵もポケットのなかにいれていた。私は店をでて、泣きながら家に帰った。

つづく。

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ダクト飯
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