『情況』、怒りの追記
宇宙は時々僕たちにイタズラをしかけてくる。あ、いや、ちょっと待って違うんです別にスピリチュアルな話をしているわけではないんですよ。説明します説明します。ちょっとただの偶然では片付けられないような出来事が奇妙なまでに重なる経験は読者同志諸君にも思い当たるフシがあると思う。そんな時僕たちは仲間内で指を鳴らしながら天を指差し、「Universe!」と叫ぶのがお決まりになっているのだ。まーたヤリやがったな、宇宙の野郎!という具合。別に運命論者であるとか宇宙教信者であるとかいうわけではないし、人間の記憶のメカニズムや物事の重なる統計的な確率論も承知しているつもりだ。大した意味はなく、まあ言ってしまえばちょいと酒の肴に盛り上がる程度の内輪ネタだ。
昨日(19日)、『情況』が発行された(18日って言ってたけどどうやら発行日を勘違いしていたっぽい。ごめんね)。まずもってめでたい、ありがたい。読者同志諸君の中には記事のプロフィールからここにたどり着いてくれた人もいるかもしれない。お買い上げにせよ回し読みにせよ万引きにせよ立ち読みにせよ、あんなダラダラした文章を読んでいただけただけでこんなにありがたいことはない。
記事にはスロヴェニアのスクウォット事情、特に僕の兄貴分MJが運営に参加しているROGというスペースについて書いた。記事を読んでいない読者同志のためにざっくり説明すると、ROGは元々ユーゴスラビアの自転車工場だったビル群で、ユーゴスラビア崩壊に伴って放棄され廃墟となっていたものを2006年からアーティストや活動家が「不法に」占拠し、行政から独立した自治空間となっていた。不法と聞いただけで眉をしかめる品行方正、真夜中の田舎道でも赤信号を順守するクソ真面目な同志諸君もいるかもしれないが、ヨーロッパは日本に比べて生存権及びコモンズの感覚が強いため、スクウォットに対する意識もそこまで厳しいものではない(ここ数年各地で一気に締め付けは厳しくなってきているが)。「誰も使ってないなら別にいいんじゃない?」くらいの感覚だ。念のため書いておくが、別にヨーロッパは素晴らしいのに日本はダメよね〜と良し悪しを論じたいわけではない。ただ、そういうものなのだ。僕はMJがそのうちのDIYスケートパークの運営に携わっている縁から2回、2017年と2019年に彼の地に足を運んでいる。
当然「不法に」占拠された場所であるため、常に公権力からの立ち退き勧告はあった。2016年には機動隊がブルドーザーを引き連れて突入したが、見事撃退に成功している。書類上の所有権を持つリュブリャナ市とは長年に渡り裁判を続けており、その決着は今日にいたってもついていない。もう一度書こう。法治国家たるスロヴェニアにおいて、ROGの立ち退きに関わる裁判は、今日にいたっても決着は、ついて、いない。
昨日(19日)。仕事が休みだった僕は昼過ぎに布団から這い出しコーヒーをいれ、すでに観終えたシットコムドラマの2周目を観ていた。『情況』の売れ具合を気にしつつふと携帯を見ると、見慣れたグラフィティだらけの壁と暴徒鎮圧用のフル装備を身に着けた機動隊、そして彼らに地面に引きずり倒される活動家たちの映像が映し出された。裁判が続行中にも関わらず、リュブリャナ市長ヤンコヴィッチ閣下殿はそれを無視して突如警官隊を突入させたのだ。中にいた人は全員敷地外まで引きずり出され、少しでも抵抗したものは殴り倒され逮捕された。すでにブルドーザーなどが敷地内に入り、複数の建物が取り壊されたとの報も入っている。
まじかよおい。今日の今日かよ。記事の発行日だぜ。宇宙さん、それはちょっとないんじゃない?
記事の最後の方に僕は「まさに現在進行形である」なんて気取って書いていた。もちろん状況を甘く見ていたつもりはないが、新型ウイルスに乗じたショックドクトリンが本格的に猛威を振るいだすのはこれからだったのだ。今回の件に関しても、ROG近くの別のスクウォット、メテルコヴァのスペースに今月31日を期限とする立ち退き命令を出し、衆目をそちらに集めた上で非常事態宣言下ということもあり抗議のために人が集まりにくい現在を狙ったとすれば卑劣ながら筋が通る。裁判など無視すればよい。活動家さえ排除すればあとはどうとでもなる。そして美しく汚れた廃墟の後にできあがるのは醜く清潔な「イカした文化的スペース」だ。ナイキやコカ・コーラが参入し、オカミに許可を得た人畜無害なアーティストのみが毒にも薬にもならない無味乾燥で漂白され尽くした政治的に正しい壁画を描く。はるばるようこそ!記念撮影はこちら!お土産屋さんも忘れずにね!あ、地元の貧乏人は立入禁止で。
おまけと言わんばかりに同日、はるか西の半島から翻ってこの列島では我らがAsshole大臣閣下殿からの心温まるダブルパンチである。ハラワタが煮えくり返ってしょうがないので引きずり出してモツ煮込みで一杯やりたいところだがモツ煮込みとビールの行き先がなくなってしまうのでやめた。もうどうにかなってしまいそうだ。必死に周囲のものを無差別に破壊する衝動を抑え込んでこれを書いている。ブログも始めることだしと去年買ったおニューのキーボードもギシギシキーキー悲鳴をあげている。市長閣下、大臣閣下への怒りも心頭ながら、何よりもコヤツどもに権力を恐れ多くも畏くも捧げ奉る有権者様どもにはまったく我慢がならない。間接民主主義がウンコなのは大前提だけどそれにしてもよりによってこいつらに投票するのか?え?リュブリャナ市民さんよ。福岡県民さんよ。
そして何よりも何もできない自分を引き千切りたくて仕方がない。僕1人アッチにいたとてどうなるわけでもなかろうがそれにしても自分の無力さに歯軋りをしすぎて総入れ歯になりそうだ。いや、僕なんてまだいい。MJにいたっては幸か不幸かブルガリアに出稼ぎに出ていたため逮捕などの難は逃れているが、その心境慮るに重すぎる。もはや皮肉や冗談を言う気にもなれない。
しかし、まったくもって悲しい逆説ではあるが、自分がこれだけ負の感情を燃え上がらせられるということを知って正直少し嬉しい僕もいる。あまりに状況がひどいからか、はたまた長年の憤りに自家中毒を起こしていたのか、あるいは単に歳をとったのか、自分の心が麻痺していく感覚が確かにあり、それを僕は恐れていた。悲しみ、苦しみ、怒りなどのネガティヴな感情などない方がいい、なんて言う奴は信頼できない。この悲しみ、苦しみ、怒りは必ずクスブり続けさせ、閣下猊下陛下どもを焼き尽くし、ついには宇宙の野郎を遠赤外線でジックリコンガリ焼き上げた上で酒のアテに食い尽くしてやろう。さて、この燃え上がった火がおさまる前に臥薪嘗胆と決め込みたいが、一体何をしよう。ビールくらいじゃ物足りないと思ったが、そもそも冷蔵庫にビールはもうなかった。
”Anger is a gift” Rage Against The Machine
”We build, they destroy.” MJ
終わり