
『草双紙って何?』が明かす江戸の本の新常識!赤本にも大人向けがあった?
『赤本って子ども向けだけじゃなかったの?』と衝撃を受けたのが、2025年2月20日に出版されたばかりの松原哲子著『草双紙って何?』。
黄表紙が大好きで現代語訳の同人誌まで作っている私にとっては、今まで通説とされてきた、赤本、青本黒本、さらには黄表紙までの概念が大きく変わる新しい研究結果は衝撃でした。大河ドラマ「べらぼう」の盛り上がりもあるのか、こうした研究が誰でも手にとれる一般書となるのはとてもありがたいことですね。
詳しくは本書を読んでいただくとして、個人的に印象深かった部分を感想と共に書いておきます。
赤本・青本黒本の通説とは?
今までの通説は下記のとおり。
赤本/子供向け。「桃太郎」や「舌切り雀」などの昔話がメイン。
青本/赤本より少し成長した子供や若者向け。歌舞伎や浄瑠璃など、赤本よりも複雑なストーリー。
黒本/黒本は青本よりもさらに進んだ内容で、より大人をターゲットにしたもの。
黄表紙/今までになかった時代の流行を意識した内容。ユーモアや風刺が効いたストーリーが特徴。
ざっとこのような感じで紹介されることが多かったと思われます。ただ、青本と黒本の内容については従来から似通っていることが指摘されており、私も実際のところどうなのか気になっていました。それが本書を読むきっかけとなった一番の理由でもあります。
「草双紙って何?」で明かされた赤本・黒本青本・黄表紙とは?
今回出版された『草双紙って何?』において、通説との違いで印象深かったのは下記です。
赤本は子供向けばかりではない
子供向けの昔話やおとぎ話が中心と紹介される赤本(表紙が赤い)。しかし、実は子供向けのみに限らず、歌舞伎や浄瑠璃に題材を取ったものや、黒本青本と紙面レイアウトが似通ったものがあるそうです。
また、黒本青本登場以降には、印刷が不鮮明なものがあるが、これは疱瘡絵や疱瘡絵本のように赤いものを子供に持たせること自体に意味(魔除け?)があったのではないか、とのこと。
上記のことから、今までの「赤本=昔話」といったざっくりしたイメージから、さらにどのように人々に愛され必要とされてきたのかがぐっと明確になってきました。
黒本青本の違いは内容ではなかった
従来の通説では、青本から黒本へ内容が複雑化する、より大人向けになるといったイメージでした。
しかし、そもそも草双紙に用いられた表紙は、内容に関係なく赤本体裁、黒本体裁、青本体裁という順に展開されていったと想定されるそうです(黒本・青本が出だしてからも赤本の出版は続いた)。
また黒本と青本の違いについては、青本が初摺(しょずり)、黒本が後摺(あとずり)という流れがあり、さらに初摺の新版に黒い表紙が付された期間があったことがわかった→つまり初摺に使われた表紙としては黒本が先で青本が後だが、後摺としての黒本もその後存在するので二つを分けることは難しい、というのが実際のところのだとか。
黒本青本についてはけっこう複雑であることがわかりましたが、思えばそもそも当時の版元が学術的な分類を考えながら出版しているわけではなく、商売をするうえでコスト面や売れ行きを考慮して、適宜表紙をかけかえて新装版とするといったことは、当然といえば当然かもしれません。
そのあたりはもっと柔軟にとらえるべきなんだろうな~と感じました。
黄表紙だけが新規でオシャレではない
時代の流行を描き、画期的なジャンルとして誕生したといわれる黄表紙。当note記事でもそのようにお伝えしてきました。
しかし、松原氏によると、これもまた実際は黄表紙の特徴とされる序文や流行語の言葉遊びも黒本や青本に書かれている場合があり、黒本青本だって十分おしゃれな内容はある、とのこと。
これを踏まえたうえで、黄表紙の魅力や本質についてはまたひとつずつ考えていく必要があるとしています。
私もこれをきっかけに黒本・青本も実際に読んでみたいなと興味がわきました。
この発見が教えてくれる陥りがちな思考回路
こういったことが新しく研究・解明された裏側には、ネット上で国内外を問わず草双紙の多くの作品を確認することができるようになったこともあるようです。
また、今までの通説の根拠の大本は、江戸後期の文芸界の中心であった大田南畝の『菊寿草』序文からでした。これは当時の草双紙について南畝の想い出を語ったものらしく、思い出としては妥当ですが、事実よりも誇張されたりずれた内容になってしまっているそう。
さらにこの南畝の影響を受けた同時代の作家たちも、さかんに南畝が書いた「赤本は昔話やおとぎ話である」「黄表紙は画期的な江戸名物」といった言を作中で取り上げたため、すっかり事実として広まってしまったのだとか。
松原氏は、「力量のある人(ここでは南畝)の発言や導きは時として事実よりも見映えがよく、正しいこととして目に映る。さっきまで感じていたちょっとした違和感や疑問を忘れ、この人が言うとおりなのだと、判断を相手に預けてしまうことに繋がりかねない」と警鐘を鳴らしています。
※詳しくはぜひ松原哲子著『草双紙って何?』をお読みください◎
おわりに
このように、今までの通説が研究によって明らかにされたことは素晴らしいことだと思います。その一方、人間の思い込みや声の大きな方へ従ってしまいがちなのは、研究者だけでなく人間の常なので、自戒と共に読みました。
今まで黄表紙に比べて一般書が少なかった赤本・青本・黒本についての専門書ですが、きっと今年の大河ドラマ「べらぼう」の放映をきっかけに出版されたのかもしれませんね。
ドラマと史実は違うため、史実と内容が異なるドラマの展開には批判の声があがることもありますが、こうして関係書籍の出版が相次いだり、研究が進んだり、さらにドラマから興味を持って調べようとする人、研究者を志す人が現れるだろうことを思うと、江戸好きとしては楽しみでなりません。
◎個人的には、本書内のトピックの一つである「草双紙は臭い草紙か」の項で、漉き返し紙については研究結果が出ていましたが、実際に臭いのは安い墨のほうでは?という新たな疑問もわきました。
・草双紙は臭草紙?という話はこちら↓で詳しく!
大河べらぼうでも、これからますます黄表紙の話題を取り上げることになるでしょう。
黄表紙を当時のレイアウトのまま現代語訳した「黄表紙のぞき」という本も通販中です。興味をもたれた方はぜひ読んでみてください。
「黄表紙のぞき」はこちらをチェック↓
「続 黄表紙のぞき」はこちらをチェック↓
それではまた~!