「結婚や離婚をしたら名字ってどうなる?」もう一人で悩まない!女性のための法律入門【全文公開!】
日本は男女平等の国のはずですね。
それは日本国憲法や、法律でも定められています。
しかし、世界フォーラムが発表した「世界ジェンダー・ギャップ報告書2021」によると、153か国のうち、日本はジェンダー格差が少ない国120位。G7の中では断トツの最下位。
今の時代、男女を線引きすること自体、問題があるのかもしれませんが、
実際に女性として生きる中で、「これってなんだかなあ……」と感じる場面もあると思います。
たとえば雇用における男女平等、選択的夫婦別姓、働きながら子育てすること……。セクハラ、マタハラ、DV、ストーカーなど、重大なトラブルや事件に巻き込まれることもあります。
そんな時、「法律」について知っていると、ちょっとだけ生きやすくなるかもしれません。トラブルからあなたを守ってくれるかもしれません。
9月11日発売の『マンガでわかる!わたしの味方になる法律の話』(遠藤研一郎 著)から、s c e n e 1 | 4「結婚や離婚をすると「氏」はどう変わる?」を全文公開します!
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離婚したら元の名字に戻る?
96%――これは、なんの数字でしょうか?
日本には、氏(姓、名字(苗字))の数がたくさんありますよね。
佐藤さん、鈴木さん、高橋さん、田中さん……など、人数が多いものもあれば、「え! こんな氏があるの?」と驚くような、すごくめずらしい氏もありますね。日本は氏の数が、世界でもとても多い国のひとつです。だいたい
29万個くらいといわれています。
ところで、先ほどの96%。これはなんの数字だと思いますか?
この数字は、結婚するときに、女性が男性の氏に変えた率です(厚生労働省しらべ・平成27年に結婚したカップルのうち)。
あとでもお話しするように、日本では、結婚する場合、夫婦はどちらか一方の氏に合わせなければならないルールになっています。
その際に、ほとんどは女性が男性に合わせる選択をしているのが現状です。
ユキさんは、もともと「桂井」だったのですが、結婚をしたときに「杉田」になったそうです。でも、今回、元の夫から、「もう、杉田という氏は使わないでほしい」との連絡が……。少し戸惑っているようです。
もちろん、氏の変更は、男性にも女性にも起こるかもしれない問題ですね。ただ、先ほどの社会事情からすると、いまは圧倒的に、女性の方が身近に起こりうる問題といえます。
氏って、なんのためにある?
そもそも、私たちがもっている「氏」って、なんでしょうか?
その昔、徳川時代は、農民や町民は、氏の使用を認められていませんでした。しかし明治のはじめの頃になると、氏の使用が義務づけられ(ちなみに、その頃は、夫婦は別姓でした)、明治30年頃になると、法律によって、夫婦は同じ氏を称することとなりました。
ただ、気をつけなければならないのは、その頃の日本には「家(イエ)」制度があったということです。
戸主と家族がひとつの「家」に属し、戸主に「家」を統率する権限がありました。そして、氏は、「家」をあらわすものとしての性質をもって
いました。
当時の民法には、「戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ称ス」なんて条文があったんです。そうなんです。夫婦は、「家」の氏を称することで、同じ氏
になる、という発想でした。
しかし、家制度は、夫婦の平等、相続の平等、居住の自由などと相容れない、すごく封建的なものでした。
そんななかで、第二次世界大戦のあと、昔ながらの「家」制度が廃止されました。そのときから、氏はもはや、「家」を表すものではなくなったはずなのです。
「家」制度がないのに、なんで必要?
でも、いまだに日本には、「夫婦同姓」という制度がありますね。夫婦になったら、同じ氏を名乗るというルールです。
「あれ? 家制度がなくなったなら、わざわざ同姓にする必要もないんじゃないの」と思うかもしれません。でも、家族のつながりなどを理由に、「夫婦同姓」が残されています。
民法7 5 0 条
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。
しかも、結婚にあたって同姓にする場合、男性が女性の氏に合わせてもいいのですが、冒頭にお話ししたとおり、実際には、女性が男性の氏に合わせるケースが圧倒的に多数です。
これは、家制度の名残りが、私たちの意識のなかに残っているということかもしれません。
みなさんもご存じの〝サザエさん〟。サザエさんとマスオさんの氏は、〝磯野〞ではなく〝フグ田〞ですよね。
マスオさんは、波平さんやフネさんと同居していて〝磯野家〞の一員のように見えますが、サザエさんとマスオさんが結婚するとき、氏は、男性(マスオさん)の氏を選択していることになります。
相手に氏を合わせることに、家族の絆を感じるか、全然感じないか、それとも抵抗感があるかは、人それぞれの価値観の問題です。
ただ、必ず同じ氏にしなければならない! という日本の制度の中で、不便を感じている人がいるのはたしかです。そして、そのほとんどは、氏を変えることになる女性です。
氏が変わることで、自分のアイデンティティが否定されると感じる人もいるかもしれません。また、職場などで不便を感じたりする人もいるかもしれません。
外国では夫婦別姓が普通
じゃあ、何かいい方法はないのでしょうか?
そんななかで主張されているのが、「選択的夫婦別姓」です。
これは、夫婦が結婚後に同じ氏にするか、それともそれぞれの結婚前の氏をそのまま使うかを選べる制度です。氏を変えたい人は変える、変えたくない人は変えない。それが自由に選べるんです。
海外だと、選択的夫婦別姓を採用する国もたくさんあります(たとえば、アメリカ、イギリス、ドイツ、ロシアなど)。
……というか、夫婦同姓を強制する国は、ほぼ日本だけといっても過言ではありません。
日本でも以前から選択的夫婦別姓の議論はなされているものの、その動きは活発とはいいにくい状況です。令和3年6月23日に出された最高裁の判決でも、〝夫婦同姓が合憲である〞とされました。
日本には、氏を変えないために「事実婚」を選択したり、氏の変更にたえられず「ペーパー離婚」をしたりするカップルもいます。引き続き、議論が必要です。
戸籍とは「自分」をあらわすもの
ところで、私たちの氏名と深く関係しているものとして、「戸籍」がありますね。
戸籍とは、その人の〝身分関係〞について記録した公的書類のことです。あっ、念のためですが、身分関係といっても、その人が社会的にどれだけエライかを示すものではありません。
「いつ、だれの子として生まれたのか」、そして「いつ、だれと結婚して」、「いつ亡くなったのか」というようなものです。
日本人であれば、ふつうはだれでもどこかの戸籍に所属しています。
ちなみに、戸籍についてのルールを定めた法律として、「戸籍法」というものがあります。そのなかには、次のような規定があります。
戸籍法6条本文
戸籍は、市町村の区域内に本籍を定める一の夫婦及びこれと氏を同じくする子ごとに、これを編製する。
なるほど。現在の戸籍は、「夫婦及びこれと氏を同じくする子」という単位でつくられる決まりになっているんですね。
まず、生まれたら、出生届が提出されて、自分の戸籍ができます。
結婚したらその戸籍から出て、夫婦のどちらかを筆頭とする新しい戸籍がつくられ、その夫婦に子どもが生まれれば、その子はその夫婦の戸籍に入ります。つまり、三世代が同じ戸籍にはなりません。
〝戸籍がない子〟がいる?
ところで、最近〝戸籍のない人〟が増えていることが社会問題になっています。「ん? 戸籍がない人なんているの?」と驚くかもしれませんね。
子どもが生まれたら、必ず出生届を出して、戸籍が作成されることになっています。ですから、ほとんどの人には戸籍があります。でも、なんらかの理由によって「無戸籍者」が発生することがあります。
無戸籍だと、どんな不都合があるのでしょうか? じつは、日本という国で生きていくことが、かなり大変になってしまいます。
まず、選挙で参政権を行使することができません。また、身分証明書や運転免許証やパスポートなどもつくれません。より身近な生活レベルでも、たとえば、預金口座の開設や、健康保険、雇用保険、年金など、ふつうに受けられるはずのものがまったく受けられない状態になります。
無戸籍の子が生まれるわけ
では、そもそも、なぜ無戸籍になってしまうのでしょうか。いろんな理由があるのですが、一番多いのは、「女性が離婚したあとに、新たなパートナーとのあいだに子どもが生まれた場合」だといわれています。じつは、民法にこんな規定があるんです。
民法7 7 2 条2 項
……婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
長いあいだ別居したあとに離婚をしたとしても、同じように扱われます。
市役所に行って、いくら「この子は新しいパートナーとの子です!」といっても、市役所ではそれを判断することはできないので、新しいパートナーとの子としての出生届は受理してもらえません。むしろ、生物学的にも、生活
上もまったく無関係であったとしても、前の夫の子どもとして出生届を出さなければならないのです。
それを避ける手段が全然ないわけではありません。「裁判所」で決着をつけることも考えられます。
でも、たとえば前の夫の協力が得られなかったり、調停や訴訟をするための生活上の余裕がなかったりすると、すごくハードルが高くなってしまいます。「前の夫からDV被害を受けていたので、出産の事実を知られたくない」などの事情があったりすれば、なおさらです。
とはいえ、心情的に、なんの関係もない前の夫との子どもとして出生届を出すのには抵抗感がある。そうして、子どもは無戸籍状態となってしまうんです。
じゃあ、どうすればいいのでしょうか。
じつは、この問題を根本的に解決するためには、法律を改正するしかありません。この本を執筆している現在、「出産時に再婚していれば、再婚相手の子と推定する」という規定を盛り込むなどの改正の議論が進められているところです。
離婚したら、名字、どうする?
さて、話を「氏」に戻しましょう。
夫婦が離婚したら、氏はどうなるのでしょうか?
結婚のときに氏を改めた人は、原則として、婚姻前の氏に戻ることになります。これを、「復氏」といいます(民法767条)。裁判所を通じた面倒な手続きは必要ありません。ユキさんも離婚をすれば、自然と桂井という氏に戻ることになります。
ただ、「また氏を変えると、生活に支障が出る」と思う人もいるかもしれませんよね。
たしかに、婚姻時の氏をそのまま使うことのメリットも、それなりにあります。たとえば、離婚した事実が名前だけからは周囲にわからないとか、子どもの氏を変えないですむとか。
そのような場合、離婚のときに称していた氏を称する届け(婚氏続称の届け)を出すと、離婚時に使っていた氏をそのまま使うこともできます。
つまり、ユキさんが望むなら、杉田という氏を離婚後も名乗ることができるのです。
これは、ユキさんに与えられた権利ですから、元の夫の承諾をもらう必要はありません。
もとの名字に戻せるのはいつまで?
ちなみに、この「婚氏続称の届け」は、離婚の日から3か月以内におこなわなければいけません。これは、「離婚後の氏は、できるだけ早く確定したほうがいい」という価値観によるものです。
では、離婚からずいぶん時間が経ったあとに、旧姓に戻すことはできないんでしょうか?
旧姓に戻すメリットも、もちろんありますよね。精神的にリセットできるとか、元の配偶者に気兼ねしなくていいとか、親の氏を引き継げるとかです。そして、このようなメリットを希望するのは、何も離婚時だけではなくて、離婚から少し時間が経過したあとだったりするんです。
この場合、家庭裁判所で「氏の変更」という手続きをすることになりますが、氏の変更が認められるためには、〝やむを得ない事由〞がなければいけません。「気分転換に名字を戻してみようかな?」という軽いノリではダメです。
ただ、最近では、この〝やむを得ない事由〞の認定は、比較的ゆるやかになっているといわれています。
たとえば、いままで子どものために「婚姻時の氏」を名乗っていたけれど、その子どもが成人したからとか、職場などでずっと旧姓を名乗ってきたから、などが考えられます。
離婚したとき、子どもの名字や戸籍は?
では、最後に。離婚をしたら、子どもの氏はどうなるんでしょうか?
注意してほしいのは、子どもの親権をもつ人が復氏をしたとしても、それだけで自動的に、子どもの氏も一緒に変わるわけではないということです。親権をもつユキさんが桂井という氏に戻ったとしても、子どもの氏も自然と桂井になるわけではなく、杉田のままです。
また、戸籍も同じです。
ユキさんのように「結婚して(元の)夫の氏になり、(元の)夫が戸籍の筆頭者であった場合」は、離婚してユキさんの新たな戸籍がつくられたとしても、子どもは元の夫の戸籍に入ったままです。自動的に新しい戸籍に移動するということにはならないんです。
では、もし子どもも自分と同じ氏と戸籍にしたい場合は、どうすればいいでしょうか?
その場合には、まず、自分自身についての新しい戸籍をつくり、次に、子どもの氏の変更について裁判所に申請をして、そのあとに、自分の戸籍に子どもを入籍させる届け出をするという手続きを、順番におこなっていくことになります。
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記事の終わりに
いかがだったでしょうか。
「へ〜、こんな時のためにこんな制度(法律)があるんだ」と感じてもらえたらいいなぁと思います。
本書では、年齢も境遇も異なる女性たちの20のストーリーを紹介しています。
どの方も、自分の近くにいそうな、そして一部は自分にも重なる部分がありそうな人ばかり。
それぞれの悩みを通して、もしものために知っておきたい法律を学んでみませんか?