3本目の親知らずを抜きに行く

同じ内容の悪夢をよく見る。とてもリアルな感触の歯が抜ける夢。
頻度が多ければ週に2回、少なければ半月に1度程度見る。

僕は夢の中で、口の中をモゴモゴと舌で触っている。歯がぐらぐらしてくる。どうしても気になるので強く舌で触ると、歯がポロりと抜けてしまう。
慌てて抜けた歯を元の場所に挿し直すとひとまず落ち着くが、気にして舌で触っているとまた抜けてしまう。早く歯医者の予約をしなければ……と思いながら、歯をまた元あった場所に挿す。他の歯もボロボロ抜けてしまう。抜けた歯たちを舌の上で転がして集めて掌の上に吐き出す。
涎で濡れた数本の歯が、拳の中でヌルヌルしたさいころを転がしてるような感覚を残して気持ち悪い。
早く、一刻も早く歯医者に行かなきゃ……

そして目が覚める。背中にビッショリ汗をかいている。
起きた直後は、そのあまりにも現実的な感触がまだ口の中に残っていて、口の中がモゴモゴとして気持ちが悪い。のろのろと起きて口をゆすいで麦茶を飲み、現実の肉体と感覚を合わせる。

それでも夢の中で歯が抜けた感覚の残滓がまだ残っている。
その夢を見た日は1日中気分が優れない。

どうして夢なのにあんなにもリアルな感触を持っているんだろう。
よく考えてみれば、真っ当に最後に歯が抜けたのなんて、乳歯が抜け落ちた10歳くらいが最後であるはずなのに。

そんな太古の記憶を参照して再現してまで、わざわざ脳みそがリアルな感覚の歯が抜ける夢を僕に見せてくる理由がよくわからない。

心理臨床だか臨床心理では確かそういった夢は隠喩であるとされていた気がする。

いや、もし、心当たりがあるとすれば、親知らず自身が意志を持って反旗を翻している以外には考えられない。

もしかしたら「毎日激辛料理と脂物と劇物みたいな酒ばっかり入れやって!ファーストキスの味も知らないくせに!その上こんなブラシも届かないような辺境になんか居られるか!」と思っている僕の親知らずくんがさっさと抜かれたくて悪夢を見せているのかもしれない。

約20年前、見事に役目を全うして抜け落ちた僕の乳歯たちは、
健康な永久歯が生えてくるようにと願いを込められ、祖母の家にて、
上の歯は庭へ、下の歯は屋根の上へと投げられて、
きっと幸せな歯生(は?)(歯だけに…w)(は???)を送ったはずだ。

(我が家には屋根も庭もないのでわざわざ持っていった)

それに引き換え、その約10年後に、不健康クソ陰キャと化した僕の、不衛生な口の中の、さらにその辺境の光さえ届かない腐海のような場所に生えてきてしまった親知らずくんのなんと不幸なことか。
ただ生えてきた時代が違うだけなのに……

実はここ最近、僕は歯医者の先生に「左下の親知らずは抜くべきだ」と言われている状況にある。
「この歯は真横に生えているから、絶対に隣の歯を虫歯にするしなるべく若いうちに抜いたほうが良い」「紹介状を書くから大学病院で抜いたほうが良い」と言われている。

そして、これまでに書いてきたようなことを思い返しながら、親知らずを抜くことを承諾し大学病院への紹介状を貰った。

お世辞にも幸運とは言えない僕の、最も不幸な場所に、最も不幸な形で生えてきてしまった不幸な親知らずくんをなるべく早く楽にしてやるべきだ。

大学病院に行って、3本目の親知らずを抜いてもらったら「抜いた歯をください」と先生に頼んでみよう。
そして、それを持って祖母の家に行って屋根の上へと投げるのだ。

ついでに、机の引き出しの中に何故かしまい込んである、5年前くらいに抜いた他の親知らずも一緒に投げて、主からも必要とされなかった可哀想な親知らずくん達を陽の下で弔ってやろう。


これで、成仏した親知らずくんが、歯が抜ける夢を見せてこなくなる事を祈ろう。どうにかこれで手打ちにしてもらうことを願って。
今日、たった今から、3本目の親知らずを抜きに行ってきます。







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