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砂糖とスパイス、それから/岸根
「おい、砂糖を入れすぎだ」
ぼたぼたとカップの中に砂糖の塊を入れる女を見て、思わずこめかみを抑える。
「はあ……」
「頭痛いの? 悩みごと? かわいそ〜う! 」
コーヒーを一口。それから全くそう思っていないだろう、と睨むように女を見れば、明らかにとけきらない量の砂糖をまだ入れている。その砂糖だらけになった琥珀色の水で、元の味はわかるのか? と顔を顰める。それから、女の手を掴む。この馬鹿はこうでもしないと止まらないことを、短くもない付き合いの中で理解していた。
「本当に入れすぎだ。手を止めろ、いいな?」
「え〜、こんなんじゃまだ足りないよ〜」
「とうとう味覚もイカれたか。見てるだけで胃がムカムカしてくる」
「あは、おじいちゃんだあ。これくらい甘い方がいいに決まってるじゃん」
「僕がおじいちゃんなら君はおばあちゃんになるが」
「うわっ、そんな酷いこと言う? いいんだよ〜、女の子は〜……」
「……『お砂糖とスパイスと素敵な何かで出来ている』んだったか?」
彼女の言葉を半ば奪うように引き継げば、女は一瞬ぱちくりと目を見開くと、にへらと軽薄な笑みを浮かべる。
「そう! 正解だいせいか〜い! 頭いいねぇ」
「お茶会の度に言われれば誰だって覚えると思うが」
そうだったっけ? と首を傾げて「にへへ」と笑う様子を見て、眉間の皺が深くなっていく。それに釣られるように女の表情も落ち着いたものになっていく。女は一口砂糖の水と化した紅茶を飲む。それから、大きなため息。
「……どうした?」
「甘いだけって、飽きちゃうんだよね」
それはそうだろう。君の手元にあるカップを見てみろ。馬鹿か。そう思ったが、口に出す寸前で止めておいた。
「さしずめ君に足りないのはスパイスだな。ほら、食べろ」
かわりに机の上に置かれていたシナモンロールを手に取って、ほんの少しの悪戯心を添えながら女の口元に強引に持っていく。そうすれば女は咀嚼をはじめて――思いきり噎せた。
「汚いな」
「だっ、れの、せいだと」
「ほら、これでも飲め」
そう言って差し出したのはブラックコーヒーだ。顔を赤くして咳き込み続ける彼女は、差し出されたものの正体に気付いていないようで、ぐびと飲み込んだ。
「〜っ!! 苦っ! まず! なにこれ!? ……本当になにこれ!? イジメ!?」
「なにって、間接キスだが。君にはスパイスが足りないようだからな」
「は!? か、間接キスとかどうでもいいから!いやどうでもよくないな……」
「いいスパイスになっただろう? もう一度ご所望なら叶えてやってもいいが」
見せつけるようにコーヒーを呷って、顔を近づければ彼女は思いきり顔を背ける。空いている手で無理矢理顔をこちらへ向けさせれば、なるほど。アホ面丸出しでわなわなと震える彼女を見るのは、なかなか気分が良かった。
「……そ、」
「ん?」
「それは……た、ただの、ちゅー、じゃん……」
僕の口元を手で覆いながら、そうぼそぼそと呟く。それを見て思わず、喉がゴクリとなる。
「……はっ。冗談だ。あまり真に受けるな」
彼女の額で指を弾く。痛い! と涙目になった女から視線を外して、ゆるゆると上がる口角を隠すようにコーヒーカップを傾けた。