ダイガク性/水宮春
空き教室に入っていても怒られない。大学のキャンパスが広いから管理しきれないのだろう。それでも、教室の窓が開いているというのはよろしくないと思う。
「居眠りの邪魔をしないでくれ」
誰が窓を開けたのかは知らない。でも、教室で寝ている俺を見て、イタズラを仕掛けたことはわかる。
「後期の授業をおじゃんにして、この体たらくかよ」
大学で唯一の友人、香山だ。
高校生までは、クラスがあったから自然に友達ができていた。しかし、大学だとそうはいかない。好きな授業を受けられるということは、クラスはその都度変わるということだ。まあ、つまり、何が言いたいかというと、友達を自然に作ることができないってこと。だから、サークルとか部活に入っていない俺が、1人しか友達を作れていないのは、決して珍しいことではない。そのことを重々理解してほしい。
「別にいいじゃん。1回の失敗ぐらい、後で取り返せるって」
「いや、その失敗がどでかいんだよな」
「ていうか、なんかどうでもよくなっちゃったんだよな。なんとなくやる気も起きないし」
「親から多額のお金を出してもらって大学に通っている人間が、そんな発言して許されると思うか?」
「はあ、返す言葉もありませんわ」
「その、全くしょうがないやつだなあ、みたいな言い方やめろよ。しょうがないやつはお前だ、斎藤よ」
香山の言い分は正しい。その正しさの分だけ、深く言葉が沁みていく。
高い金を払って大学に通う。正直、意味ない。働いて生きる術を身に着けていくほうがずっと有意義なはずだ。それでも大学に通ってしまう理由は、働くことを先延ばしにして、遊んでいたいからだと思う。
「ところで、告白は成功したのか?」
「いやダメだったね。そもそも彼氏持ちでしたというオチでしたよ。全くさ、許せないよな。だって2人きりの状況で3、いや4回は遊んだわ。それでこっちが告白しようと思ったら、1ヶ月前に彼氏ができたんだ、だってさ。こっちはそれより前にあなたのことが好きで、ちゃんとアタックしてたっていうのに、鈍感にもほどがあんだろ。なあ、おい、そう思うよなあ、かやまさんよお」
「告白を断られたことがショックだからって、そんな矢継ぎ早にしゃべんなくても大丈夫だからさ。まあ、落ち着けよ。ていうか、落ち着いて自分の行いを振り返ってみろ。斎藤よ、君は同時に3人もの女性にアタックしていたではないか。それが原因だとは思わないのかね」
こいつは何を言っているんだ。この紳士という言葉が似合う俺が、3人の女性にアタックしているわけないだろう。如月さんとはただのカラオケ友達だし、重村さんとは一緒にお昼を共にしていただけだし、早川さんには連絡とりすぎて気持ち悪がられただけだし云々かんぬんエトセトラ……。
「斎藤ってさ、ある意味では、大学生の鏡だよな」
「え、マジ? 俺ってそんなに模範的かつ優秀で勤勉な生徒かな。そういってもらえると嬉しいよ。ありがとう、香山君よ。君の言葉を胸に染み渡らせて、眠気を感じた僕は夢の世界に逃げるとするよ」
「これからやってくるであろう罵倒から逃げようとするな。いつも逃げてばかりなんだから、せめてそこだけは立ち向かっとけよ」
思い描いていた大学生活、なんてものはない。しかし、こんなにもだらしない自分は想像していなかった。こんな状況に不満を感じていないことが、大学生としていけないことなのかもしれない。今はこの生活を楽しみたいと思っている自分がいる。せめて、就職するまでは、この自由の利いた大学で楽しませてはくれないものだろうか。
いつもの物思いにふけりながら、今日も今日とて眠るのだ。