[小説]牛乳

「帰りに牛乳買ってきて」
サトコはふと、誰かに言ってみたくなった。

ひとりきりの玄関で、荷をおろしたとき、なんとなく、プロポーズの言葉としての最適解だと思ったのだ。

サトコの家に牛乳はない。以前はずっと常備していたのに、たったの1度切らしただけで、ぴたりと飲まなくなった。

まあ、たいして料理に使うわけでもないし、すぐ飲み終えるからコスパ悪いし、2Lのパックで買うと重い。
加えて、飲み終わったパックを乾かして、解体するのがだんだん面倒になってきて、買うのをやめた。

要は、絶対必要なわけでもないのに、手間がかかるからだ。

だからこそ、「牛乳の絶えない家族」って、きっと素敵な家族だろうと思った。

そんなに手間と労力が必要なことを、自分だけじゃなくて他人にまで与えるのは、すごく難しい。

自分以外の人間が一緒に暮らす家で、日用品を自分から補充しようとする関係性って、おそらく、お互いのことをきちんと認めて共存できてるってことだと思う。

そう考えれば、牛乳買って帰ろうか?って言ってくれる人も、牛乳買って帰ってって言える人も、なんてロマンチックな関係性なんだろう。

「せめて牛乳だけでいいから、誰か買ってきてくれないかなあ」

大きく伸びをしたサトコは、買い物袋から本日分の夕飯を取り出し、レンジに入れた。

500Wで3分半、あたため開始ボタンを押し、ぐるぐる回る食品トレイと、立ち上るトマトの香りに、頬を緩ませた。


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