【コラム】 「男の呪い」を「女の呪い」と一緒に解くために
この人になら、自分にとって一番大切なことが喋れる。ジェーン・スーの対談集『私がおばさんになったよ』は、八人のゲストがホストに対して抱く信頼によって、ここでしか読めない名言格言が連鎖することとなった。
ゲストが変わる対談集の面白さは、話題の共鳴にある。例えば社会学者の田中俊之は、自身が専攻する男性学は<男性の「生きづらさ」>すなわち<男性が男性であるがゆえに抱える悩みや葛藤といった問題を、社会構造や歴史的背景と関連づけて考察する学問です>とガイダンスしたうえで、男性だけでなく女性も当事者性を持って議論に参加して欲しいと語る。<男性の生きづらさと女性の生きづらさはコインの裏表です。例えば、3歳までは母親が子育てに専念すべきという「3歳児神話」は、定年までは父親が会社で働いて家族を養うべきという「大黒柱神話」とセットで成立していますから、どちらかだけを解消することはできません>。
一方で、ドラマ化されベストセラーとなった『逃げるは恥だが役に立つ』を代表作に持つ漫画家・海野なつみは、同作は全九巻で描き切ったつもりだったが、心残りが出てきたと言葉を紡ぐ。<女の人の呪いについて描いたけど、男の人の呪いについて描いてなかったなとは思ってて。続きを描くことがあるなら、そのあたりを描こうと思ってます>。その展望に、ジェーン・スーは大きく頷く。<女性の呪いは女性だけで解けることはない。男性の呪いと「いっせいの、せ」で一緒に解かないと、と私も常々思っています>。大事なことは、まずはその呪いの存在を知ること、存在を認めることなのだ。田中俊之と海野なつみ、そしてジェーン・スーは、三者三様の現場や方法論で「男の呪い」を語り、その概念の流通量を増やそうと腐心している。
同様のトライアルは、数はまだまだ少ないけれども、他にも存在する。真っ先に紹介したいのは、『野ブタ。をプロデュース』でデビューした白岩玄の手による長編小説『たてがみを捨てたライオンたち』だ。妻の妊娠出産を機に専業主夫になるべきか悩む三〇歳出版社社員・直樹、離婚して女遊びを解禁するもやり切れない孤独をもてあます三五歳広告マン・慎一、たった一人の元カノとの思い出を反芻するアイドルオタクの二五歳公務員・幸太郎。同時代を生きている、けれど決して出会わない(つまり、傷を舐め合わない)三人の男の人生が、視点をスイッチしながら語られていく。彼らのさまざまな失敗(特に、対女性のコミュニケーション)の積み重ねから、「男の呪い」が立体的に立ち上がってくる構成だ。「男の呪い」は、出力の仕方を間違えるとミソジニー(女性嫌悪)やミサンドリー(男性嫌悪)、新たな差別や呪いを引き起こし得る。そのことを意識しながらも、ギアを踏むべきところは踏んでいく作家の筆が、無数の発見を引き寄せている。最後に辿り着いた風景が、男女の対話──異性の話を聞くこと、自分の話を語ること——だったことは、本作が「男の呪い」の黎明期に生まれた文学である事実と共に末長く記憶されることだろう。
もう一作は、竹内佐千子の漫画『赤ちゃん本部長』だ。株式会社モアイ営業課の頼れる武田本部長が、ある朝突然、赤ちゃんになってしまった。とはいえ意識は四七歳ままだし普通に喋れるし、部下がサポート&育児をすれば、なんとか仕事はできる! 見た目は赤ちゃん、中身はおじさん——そのギャップから生じる笑いを、会社内のさまざまなシチュエーションに当て込んで発動させていく寸法だ。と同時に、究極の弱者である赤ちゃんという存在が、社会(会社)に潜むマチズモや「男の呪い」をあぶり出していく。
<女だって強くていいし男だって弱くていい/男を守る女がいてもいいし/守ってあげたくなる男だっていていいのに/上の世代からの「女は女らしく」「男は男らしく」って苦しすぎるぞ>(第二巻一六話より)
下の世代に、負の遺産を渡さないように。ここでなんとか、食い止められるように。過渡期で踏ん張っている同時代人たちの営みを、声を枯らして応援したい。声を上げたい。
※文芸ムック『その境界を越えてゆけ』(2020年1月刊)収録
※https://www.gentosha.co.jp/book/b12316.html。https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000323971。https://www.bungei.shueisha.co.jp/contents/shinkan_list/temaemiso/180928_book01.html。https://morning.kodansha.co.jp/c/akachanhonbucho.html。
※今年3月、突如アニメになった『赤ちゃん本部長』も最高でした(本部長の声は安田顕さん=大正解)。ちなみに、コミックス2巻刊行直前に、著者の竹内佐千子さんにインタビューした記事はこちらです。
https://bunshun.jp/articles/-/9866