ショートショートその24『ラスト・ジャーマンスープレックス』/ 「ジャーマンスープレックスでお別れ!? 最後まで“らしさ”を貫いた伝説の男とその妻の物語
葬儀場。
祭壇の棺には大柄な体躯を持つレスラーが安らかな表情で横たわっている。
彼の名は天野タケシ。
かつて“ジャーマンキング”の異名を持ち、プロレス界で伝説となった男だった。
僧侶の読経が流れる中、天野の妻・美左子をはじめ、泣き崩れる遺族と深く頭を垂れる参列者たち。
読経が終わった。
祭壇の前に現れたのは、美佐子だった。
美佐子の目にはもう涙はない。
彼女は落ち着いた表情でマイクを握ると語り始める。
「タケシは、生涯リングの上で生きた男でした。そして、彼の闘志は私たち家族にも、弟子たちにも、何よりこの世界の多くの人に伝わっています。でも、今日は私が彼のために最後のリングに上がります」
その瞬間、場内がざわめく。
美佐子はかつてレスリングの世界で「ダイヤモンド美佐」として知られた元プロレスラーだった。
天野との結婚後はリングを去っていたが、トレーニングは欠かしていなかった。
参列者たちは戸惑った様子を見せる。
何が始まるのか予想もつかない。
司会者が手を振ると、会場の隅に待機していた若手レスラーたちが祭壇の前に集まり、特製のクッションリングを設置した。
若きレスラーたちが棺を抱え、美佐子の前に直立に立てる。
喪服のまま、美佐子は足を肩の幅と同じに広げる。
目を見開く参列者たち。
棺が美佐子の手に預けられると、美佐子は一息深く吸い込む。
棺を抱える。
ジャーマンスープレックス!!!
棺が優雅な放物線を描き、柔らかく敷かれたリングのような特製クッションに着地した。
美佐子の見事なブリッジによる人間橋。
場内は一瞬の静寂。
そして、割れるような拍手と歓声が湧き上がる。
「あーまーの! あーまーの!」
ブリッジを解いた美佐子は棺に向かって語りかけた。
「あなたは私の人生そのものだった。そして、あなたが残した弟子たちやファン、すべての人々がこれからもあなたを語り継いでいくわ。ありがとう、タケシ。」
この「ラスト・ジャーマンスープレックス」はネットで話題となり、「人生の最後をリングの上で締めくくった男と、それを支えた妻」として語り継がれるようになる。
美佐子もまた、夫の意志を継ぎ、弟子たちを育てる新たな道を歩み始めるのだった
そしてまた、このユニークな葬儀は「最後まで人生を象徴する別れの形」として話題となった。
プロレスファン以外からも「素晴らしいセレモニー」と称賛され、天野の伝説は新たな形で語り継がれることとなる。
【糸冬】