2006年のこと(初夏)
2019年6月23日日曜日。
映画「モデル 雅子 を追う旅」公開33日前。
2006年の3月に試写会で出会い、フランス映画祭に通った。
フランス映画祭も終わって、けれどちょいちょい会い続けた。
日記もブログもつける暇など無かったので、
何月何日に何をどうしていたかなどの記録はない。
でも覚えていることはまあまあある。
街場の映画館でも一緒に映画を観るようになった。
たしか最初に観たのは「寝ずの番」。
僕には珍しく、映画が始まってほんの2、3分遅れて劇場に走り込んだ。
小さい声で雅子に「バカ」と言われた。
出かけるときに、
当時乗っていたプジョー307CCという車で迎えに行った。
カブリオレで屋根が開いてオープンになる車だ。
フランス車だ。出会う前から乗っていたが、
期せずして雅子にぴったりじゃないか。
得意げに雅子を乗せて、風を受けて颯爽と走り出した。
しばらくしたら雅子が、
「屋根、閉めて」。
このときから、
日焼けを避けようとする雅子と、
そんなことは大して気にしていない僕の、
日々のヤイヤイが始まる。
互いの部屋にもよく上がり込んだ。
初めて僕の部屋に呼んだときのネタは「焼き魚定食」だった。
雅子の部屋では、ヌテラとヨーグルトの朝食をよく食べた。
どちらの部屋もそこそこ高くて見晴らしが良かった。
部屋の中もまあまあ整頓されていた。
そして並んでいるものから、雅子の人柄がにじみ出ていた。
それで「ああ、居心地いい人だな」と思った覚えがある。
6月のある週末の夕方。
僕の部屋で雅子が切り出した。
「なんか言うことあるでしょ?」
「……結婚して下さい」
「はやく言いなさいバカ」
という短いやりとりがあって、
一緒に住もうとなった。
一緒にいて楽で、いわゆる「男女の駆け引き」は一切無かった。
「ちゃんと付き合う=結婚に向かう」ということだったと思う。
一般的に、男女がそれなりの関係に踏み込むまでには、
「この人で良いだろうか」から始まって
「互いを傷つけないためには」
「自分有利に進めるためには」
いろいろ考えて駆け引きも忖度もしてしまうだろう。
年齢も年齢だから、
付き合う先にはどうしても「結婚」が視野に入る。
けれど、少なくとも僕から雅子に対しては、
そういうモヤモヤした内観は無かった。
一緒にいて居心地が良い、そして自分もある程度自由でいられる。
それだけだった。
「なんか言うことあるでしょ?」
と訊かれて、答えるまでに1秒を切っていたと思う。
その瞬間に、僕の脳はフル回転した。
仕事・家庭・人生・責任・夢・自由……
フル回転したが、下がる理由はなかった。
シンプルに「よし、行こう」と肚に落ちて、
「結婚して下さい」と答えられた。
今にして振り返って思えば、
「恋」は気持ちだけど「愛」は意志だと思う。
「好き」という気持ちは、相手との化学反応で自然と生まれる。
「愛する」という気持ちは、決意から生まれる。
互いにいろんな背景もある、きっと思わぬトラブルや諍いも生まれる。
それでもそれらをどうにか引き受けて、
できるだけ相手のためにできることをやろう、
自分にしかできない、相手のためになることを。
そう思い定めて、共に生きようと決める。
そう素直に思える相手に出会えた。
幸運という他ない。
そして「結婚してください」と言って、
「はやく言いなさいバカ」と受け入れられたとなっても、
それで全てが治まって幸せに、などではない。
そこから旅路が始まったのだ。
好きだったねえ。
オランジーナが商品化されたときは、二人ではしゃいだ。
M&Mもよく食べてた。