扇風機
日も短くなったし、食器を洗う時に流す水も冷たくなった。もう本当に秋が来たのだなと、そう思える気候になった。
夜もだんだんと肌寒くなり、タオルケットと毛布だけではどうも体が冷えるようで、昨日は羽毛布団を引っ張り出した。毛布を剥がし羽毛布団を掛けて寝たくらいだから、もう大丈夫。
何の話かと思われるが、扇風機の話である。いくらちょっと動いたら暑くなるからと言っても、さすがにもう扇風機の世話になることはないだろうと思ったのである。そうは言っても、日が短くなったせいで洗濯物の乾きが悪い時もある。そうすると、やはり自然乾燥とはいかず扇風機で風をちょっと当てて、パチン留めに挟んだ洗濯物を乾かす時に、この扇風機はいい仕事をしてくれる。
エアコンを点けた部屋の暖かな空気を、いい具合に一定にするにもこの扇風機をちょっとかけるだけでずいぶん違う。
扇風機には申し訳ないが、ちょっとした何かをぶら下げておくのにもちょっと便利なのである。夏はあれだけ世話になっておきながら、随分と雑な扱いをしてしまうが、扇風機とはどうやらそういった切ない家電製品なのかもしれない。
今の扇風機は持ち運びに便利な程、その重量も軽くなったし価格も手頃である。そのデザインも、まるで白無垢を着た花嫁さんのように、何もかも真っ白なものもあれば、子供が怪我をしないように済む羽根がないものもある。
ちょっと暑ければ、扇風機をつけて涼めばいいという時代には、一家に一台、扇風機様々で奪い合いであったが、連日四十度に迫るような猛烈な暑さの中で暮らしている現代において、扇風機はエアコンに取って代わられた。
季節が巡って、もう綺麗にその身を清められ 押し入れなりクローゼットなり、元にあった場所へと仕舞われる筈の扇風機が、そのままいつまでも部屋の片隅に追いやられ、ズルズルと年を越すなんてこともあったりする。
その点、エアコンは設置型の家電製品だから、年がら年中定位置にデーンと構えて何の遠慮もなく大きな顔をしている。無論、エアコンは冷房だけではなく冬は暖房という二つの顔を持っている、そんな強みもあるせいかもしれない。
もうそろそろ片付けなければと思いつつ、まだ我が家の扇風機は部屋の片隅でタオルを被せられ、その姿はまるで頬被り状態である。
忙しいからと何かにつけて言い訳を、こういう些細なことを後回しにしている人間には、必ずツケを払わされる時が来る。そうと分かっていても、私はまだ扇風機を片付けられない。
町の木々も葉を落とし始め、今日は北風もピューピュー吹き始めている。季節は秋どころかそれをもあっという間に飛び越えて、冬になってしまいそうである。
寒くなりつつある今、あの暑かった夏の日を恋しがるのは、人間のエゴそのものなのかもしれない。
2024年10月30日 書き下ろし