グラフィックデザイン、独学のススメ
【2023年7月15日・アップデート】
こんにちは、遠藤大輔です。フリーのグラフィックデザイナーとして活動しつつ、ニューヨークにあるプラット・インスティテュートという美大でデザインの授業を教えています。
今日は「独学」という視点で、デザイン教育について考えてみたいと思います。宜しくお願いします。
デザインの勉強は、基本「独学」
美大の講師が「独学」を勧めるとは、とうとう血迷ったな、と思われるかもしれません。しかし「独学」を勧めるからといって、もちろん僕は「通学」(美大や専門学校での学び)を否定している訳ではありません。
人生100年時代、キャリアは50〜60年のスパンで考えなければいけなくなるでしょう。変化の激しいデザイン業界で、デザイナーとして常に現役でいるためには、必死に学び続けなければいけません。しかし、学校でデザインを学ぶことができるのは、(修士課程を含めても)6〜7年ほど。そうなると、基本は独学ということになります。
ただ独学が基本だとしても、「デザイナーになるために、美大にいく必要はない」といった意見については、正直なところ「少し偏っているのではないかな」と思っています。(僕は、専門学校で学んだことがないので、この記事では美大での学びを中心にお話しさせてください。)
デザイナーに学位は必要か?
確かに、デザイナーになるためには、医者や弁護士のような国家資格は必要ありません。要は腕さえ良ければ、仕事になります。(調理師免許や、第二種運転免許など)免許が必要な他の職業に比べて、デザインの参入障壁はずっと低いでしょう。
もちろん、大手の代理店などの就職には美大の学位が求められることがあるかもしれません。悔しいことに、学位がないと書類選考で落とされてしまうケースもあることでしょう。しかし、もう少し広い目で見れば、デザイナーとして働く機会はたくさんありますし、「新卒採用」や「学歴主義」はいずれ淘汰されてゆきます。そもそも、そんなことをしていたら企業もデザイナーも生き残れません。
では、デザイナーになるために学位が必要ないということは、イコール「美大にいく必要はない」ということでしょうか?その見方も、少し偏っているように思います。
そもそも学位は「免許」ではありません。デザイン業界に入るための「チケット」でもありません。美大は、美術やデザインを学ぶための場です。そこでしか得難い学びがあるからこそ、多くの人は(日本では理不尽なほど難しい)入試に挑戦し、決して安くない学費を払うのです。
独学か通学(美大)か
はじめに述べたように、デザインの勉強は基本「独学」です。しかし「通学」(美大)で得られる学びも決して少なくありません。そもそも独学と通学は二者択一の選択ではありません。二項対立は議論をわかりやすくするかもしれませんが、逆に思考停止を招きます。本質的な問題は学びの質をいかに向上できるか、ということです。
以下、美大で得られる学びとそのメリットを4つ挙げてみたいと思います。美大進学を勧めるわけではありませんが、自分の独学をいかにレベルアップできるかという視点で、参考にしていただければ幸いです。美大で得られるアドバンテージを自分のデザインの学びに取り入れることことで、独学力を伸ばす役にたてていただければ幸いです。
(何らかの理由で美大進学がオプションにない人にとっても、役に立てれば幸いです。ちなみに僕自身も「お金と時間」という理由で、修士課程への進学はオプションにありません。)
(1)独学のカリキュラム
知識や技術は、基本的に積み上がってゆくものです。高いビルを立てるには、それだけ深くしっかりした土台が必要です。
美大のカリキュラムは、デザインに必要な思考力と造形力を段階的に学ぶための計画です。例えば基礎課程では、ドローイングや色彩、素材や立体的な造形の基礎を学び、専門課程では視覚リテラシーの基本やタイポグラフィ、さらに複雑化したデジタルメディアについて、といった順番でより複雑な内容を学んでゆきます。
しっかり設計されたカリキュラムに従うことで、自分の成長のステージが上がってゆくことを実感できますし、壁にぶつかった時は前のステージを振り返ることで、成長のきっかけを掴むことができます。構造がしっかりしているので、自覚的に、そして効率的に学ぶことができるわけです。カリキュラムに基づいて、集中的に学ぶことができるからこそ、数年でプロとして働けるだけの技能を身につけることができるのです。
独学の大変さは、こうした体系的で段階的な学びの構造を設計しづらいところでしょう。手に入る参考書は、基本的に(よく売れる)入門書が多く、色彩やタイポグラフィの入門書を複数読んでみても、知識や技術が組み上がってゆく感覚を味わうことは難しいでしょう。
参考までに、プラットのコミュニケーションデザイン学科のカリキュラムをご紹介しましょう。
カリキュラムをご覧いただけるとわかるように、1年生は基礎課程で、ドローイングや色彩構成など、造形の基礎を勉強します。そのあと、2年生から専門課程が始まります。そして4年生ではそれまでに学んだ内容を総動員して、卒業制作を行います。これは、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインや、パーソンズなどの他の美大でも基本的に同じです。こうしたカリキュラムを参考にして、1年生〜3年生までの内容を段階的に勉強できれば、かなり力がつくはずです。
もう少し噛み砕いて段階を提案すると、以下のような順番で学んでゆくと、デザイン力が積み上がってゆく感覚を味わえると思います。
基礎
どのデザインの分野を専門にするとしても、まずは以下の項目を段階的に学んでいくと、基礎力がつくのではないかと思います。個人的には、造形の勉強から始めるほうがおすすめです。
造形の基礎:ドローイングや色彩
デザイン制作のツールの使い方
創造的プロセスと思考の型(デザイン思考など)
視覚的伝達の基礎:ビジュアル・リテラシーの基礎(記号論など)
タイポグラフィの基礎(書体からレイアウトまで)
デザインの歴史
まずドローイング(デッサン)から始めると良いでしょう。そうすることで造形力だけでなく観察力も訓練することができます。どの美大でも、初年度にドローイングのクラスがあることからも、ドローイングの大切さが伺えます。「デザイナーは絵が描けなくても良い」と言われることがありますが、やはり描けるに越したことはありません。「脳の右側で描け」を使うと、頑張れば一月ほどで驚くほど力がつきます。
発展
基本ができたら、次にもう少し発展した内容を学ぶことができるでしょう。以下の分野の基本を抑えておけると、可能性が広がります。全体的に広く浅く学ぶことも良いと思いますし、好きな分野をさらにきわめてゆくことも良いでしょう。
時間軸のある動的な表現(アニメーションや画像編集)
立体的なデザイン(パッケージ・環境・イベントデザインなど)
インタラクション・デザイン
メディア(クロス・プラットフォーム・デザイン)
スペキュラティブ・デザインなど(デザインリサーチ)
こうしたカリキュラムをを参考に、独学に構造を加え、より体系的にデザインの学びを進めてゆくことができるでしょう。
もちろん、一つ一つ学んでゆくのは時間がかかります。最初から「ウェブデザイン+アドビXD」を学んだほうがずっと手っ取り早く副業につなげることができます。しかし、長い目でデザイナーとしてのキャリアを考えると基礎を抑えておくことは大切です。
(2)独学の評価
成長とは、目的地と自分の現在地とのギャップを埋める行程のことです。実際、自分の現在地がわからなければ、目標までの道筋を見極めることはできないでしょう。
一般の学校では、中間テストや期末テスト、成績表という形で自分の現在地を確認することができますが、美大ではどうでしょうか。
コースのシラバスには「学習目標」とそれの基づく「評価基準」が明記されています。学習目標や評価基準は、コースの初日に、コースの説明と合わせて、はっきりと説明されます。そして、コースの中間地点(ミッドターム)と終了時に、教師と学生が評価について話し合う機会が設けられます。それに基づいて、作品の出来栄えだけでなく、コースで学んだ方法論や手法が制作プロセスの中で十分に応用されたかどうかが評価されます。
参考までに、専門課程の最初に学ぶ、リサーチ・アナリシス・プロセスというコースで使用している評価基準マトリックスをご紹介しましょう。美大での評価は、感覚的に行われているイメージがあるかもしれませんが、実は、主観的な作品を評価するために、非常に分析的で客観的な評価基準が使われています。
独学の難しさは、自分の本当のレベルを客観的に見極めることでしょう。必要以上に自分を卑下してしまうこともあれば、根拠のない自信で成長の機会が閉ざされてしまうこともあるでしょう。
デザイナーとしてすでに働いている場合は、仕事の評価が自己評価の基準になります。デザイナーとして仕事をし、暮らしていけるということは素晴らしい成果とはいえ、それがイコール「デザイン力」の評価かというと、少し違うような気もします。
独学でデザインを勉強する場合、自分が尊敬する先輩デザイナーに作品を講評してもらうことができるかもしれません。後輩から相談されて嫌な気持ちのする先輩はあまりいません。さらに、積極的に一般参加可能な講評会に参加したり、公募展やコンペに応募することで、客観的な評価を得ることもできるかもしれません。
(3)独学と規律
独学の最大の問題は、勉強を続けられるか、です。成功する人は、成功するまで続けられた人です。多くの独学が挫折するのは、一人で勉強を続けることが非常に難しいからです。
美大にはもともとコミットメントの高い学生が集まってきますが、学校というシステム自体の中にも学びを継続させるための「仕掛け」がいくつも仕込まれています。上記のカリキュラムや評価に加えて、少なくとも以下のような外発的要素が、学びの継続を強く促します。
課題の締め切り(毎週)
講評会・展覧会(隔週・学期末)
仲間からの励ましやプレッシャー
インストラクター
学費を払っているという自覚
健全な競争
賞や就職などの目標
独学を成功させる鍵は、いかに学びを継続するための外発的動機付けを設定できるかどうかでしょう。
例えば積極的に周りを巻き込んで「勉強会」を企画したり、定期的にイベントやセミナーに参加することで、継続的な学びを計画することができるかもしれません。ちなみに、インストラクターの役割は(デザインを教えることだけでなく)上記の要素を上手にバランスすることで学生たちの精神的なバランスを積極的な状態に保ちつつ、動機を強め、自発的な学びを誘発することです。
基本的な技術を身に付けたら、一つ上の仕事に挑戦してみることも良い動機付けとなるでしょう。フリーランスの仕事にチャレンジするのも良いと思います。「収入を得る」ことが「責任感」という外的な動機付けとなります。要は、反強制的に自分を「学ばざるを得ない」状況に追い込んでゆくという手法です。
(4)独学と出会い
グーグルが登場しどんな情報も簡単に手に入るようになってから、学びのスタイルは「知っている人が知らない人に知識を分け与える」スタイルから、「双方向に学び合う」スタイルへと変わっています。不確実性と向き合わなければいけない現在、特にデザイン業界において、この傾向は顕著です。
美大には、全国から腕に自信のある学生が集まってきます。地元では「アーティスト」と呼ばれて崇められていた学生が、美大にくると「大勢の中の一人」である現実を突きつけられ落ち込む、ということは少なくありません。しかし、こうした気付きは健全な自己認識や謙遜さを養い、常に学ぶ姿勢を持つ上で必要不可欠です。実際学生たちは、教師よりも、互いの作品から多くを学びます。
さらに、美大ではデザインに関する研究が行われていたり、デザイン業界で活躍する教師たちが教えていることもあり、最先端のデザインに触れる機会が日常的にあります。(新進気鋭のデザイン事務所でインターンシップをする学生から、逆に教師がデザインのトレンドを学ぶということも少なくありまません!)デザインのコンペや産学共同プロジェクトへの参加の機会、イベントへの参加、インターンシップや就職の機会など、黙っていても情報が入ってきます。このように、デザインの熱量が高い環境は、成長を大いに促します。
「独学」の場合も、自発的に行動を起こすことで、多くの機会にアクセスすることが可能です。オンラインであれば日本だけでなく、世界中のイベントや講座に参加することが可能です。デザインを独学で学ぶ人が全国で増えている中、オンライン上で横のつながりを作り、切磋琢磨できる環境を創造することは十分可能でしょう。以下、おすすめのイベントです。是非チェックしてみてください。
さらに、自分の持っている知識や技術を人に「教える」という方法は、素晴らしい学びの機会となります。僕自身、大学で教えることにした最大の動機は、新しい学びの機会を得ることでした。大学やセミナーの講師を目指さずとも、勉強会を開催し、互いに教え合うことは、双方向の学びの機会となるでしょう。
独学力をレベルアップするために
「カリキュラム」「評価」「規律(外的動機付け)」そして「仲間」というポイントで、いかに美大での学びのアドバンテージを独学に組み込むことができるか考えてみました。
通学には、お金を払うだけの価値が確かにあります。特に、キャリアのスタート時点で、美大や専門学校でデザインの基礎を体系的にしっかり学ぶことには、大きなアドバンテージがあることは否定できません。美大にいくことで開かれる機会はたくさんありますし、そこで学ぶ基礎はその後のデザイナーとしての成長を加速させるものとなるでしょう。
しかし通学がオプションにないとしても、そのアドバンテージを取り入れることは十分可能です。今日ご紹介した内容を簡単にまとめると:
独学の「カリキュラム」を設計する。
先輩や第三者に作品を見てもらう。講評会に参加する。
反強制的に学ぶ機会を作る。一つ上の仕事に挑戦する。
積極的にデザインコミュニティと繋がる。
問題は独学か通学の二択ではなく、両者の良いところを掛け合わせた本質的な「学び」をずっと継続してゆくことです。美大を出てデザイナーになった人も、学校に通わずにデザイナーになった人も、コツコツ勉強を続けることで、デザインのレベルを確実に上げてゆくことができると考えています。
以上、みなさんがデザインを学ぶ上で、上記の情報が役にたつことを願っています!最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
追記
上記のように、デザインの学びには「しくみ」があり、そのしくみを理解することで誰もがデザインを学べます。プラット・インスティテュートでの活動を振り返り、デザインの学び方を『デザイン、学びのしくみ』という本にまとめました。カリキュラムの構造や、自律的な学びを促す場の設計、やる気を引き出す方法など、上記の内容がより詳しく説明されています。2023年7月20日に刊行されます。もしよかったら、ぜひご覧ください!
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