第十六話 思ってもいない 連載 中の上に安住する田中
実家に兄が来た。姉はきていたが今朝早く、友達とどこかに出かけてしまった。あとは墓の掃除から帰ってきた両親で家族は全員なのだが、この家にはもう一人いた。
その彼女はもう直ぐ兄と結婚するらしい。少し前、小耳に挟んだような気もしたが、当時の自分は別段気にしてもいなかったらしく、記憶には残していなかった。
しかしこう明白に、彼女を実家にまで連れて来られると、少しは気になる。というよりか、兄の厚かましさというか、自慢が鼻につくのだと言った方が正確かもしれない。兄は今も変わらず口のうまい男お調子者で、下品で自己中心的。そしてかっこいい。毎日遊んで暮らしているようなやつで、それは要するに元カノの彼みたいな——って妄想だった。でもまあ、そういうタイプの人間。
しかしながら、兄の連れてきた彼女はぜんぜん違う感じだった。むしろどこか弱々しいから、余計驚いた。舌足らずで、話すのも下手な感じ。もしかしたら兄に実家に連れてこられて、しかもそれがいささか強引で、緊張しているからかもしれない。
「誠」
兄が、ぶっきらぼうにドアを叩いた。昼過ぎまでのんびり寝ていたこちらの反応も待たずに、兄はずかずかと和室に侵入してきた。
「おい。なんかムッとするな。湿気?」
勝手に入ってきた上に文句を垂れる。できた兄である。
「何?」
「いつまでいるんだ?」
「決めてない」
「仕事は?」
「休むなら、今だから」
「いいよな会社員は」
なんて自営業の彼は微塵も思っていない。一定の枠の中で有給を取れることになってるから、確かに会社員は楽かもしれない。でも兄が会社員を見下しているのは明らか。蚊帳の外から僕らを哀れんでいるつもりなのだ。起業家を気取って、調子に乗ってるのだ。
「で?」
「いや、みんなで出かけようかって言っててさ」
と、兄が髭の無骨な顎で指すリビングからは、談笑がかすかに聞こえている。
「いつがいいかなって」
「行かなくていい」
「はあ? お前はいつもそうだよな。せっかく……」
説教を始めかけた兄を後ろから小突くものがあった。姉だった。
彼女はついさっき帰ってきたって様子で、まだお菓子の紙袋を持っていた。
「誠もゆっくりしたいんでしょ。はっきり言ってやんなよ。お前の勝手に付き合わされるのはうんざりだって」
双方向から攻撃されて、僕はどうすれば良いのだろう。まあ姉は助けてるつもりなのだが、余計なお世話だった。それに、兄も、言ってみれば僕のために誘っている建前である。本当に面倒臭いなと、ただそう思った僕は、二人の間をすり抜けて、暑苦しい和室を後にした。
続く
連載 中の上に安住する田中 ——超現実主義的な連載ショートショート——
この物語はフィクションです。