胃カメラを飲んだ時のこと
「マウスピースを入れますね〜」
「5分くらいで終わりますからね〜」
こっくりと頷き、ナースとドクターの柔らかい優しい声に身を委ねた。
「うっ…」
胃カメラを口から入れた。こんなに太いのか…。鼻からにすれば良かったのかも私…。
「うぇ…」
最初は静かに苦しんだ。
ナースが背中をさすり続けてくれる。口の中の唾液は出して良いからと、楽になれる言葉を優しくかけてくれる。
綺麗な霜降り肉になるためにブラッシングされている牛をテレビで見たことがあった。
私はちょっぴり、「牛みたい」なんて考えられる余裕もあった。
しかし、この後すぐ、大きくさすってくれるこの動作だけを頼りに、胃カメラの進行を許すことになる。顔も名前も知らないナースが、ずっとさすってくれる力強く温かい手は、胃カメラを飲む際に必要不可欠だと痛感していた。
「ゔぐあぁぁぁ…!」
次の瞬間、
違和感でしかない、その蛇のような動きに、私は武将スイッチが入った。
(ここからは心の叫び)
「貴様…!
ゔゔゔげぇえええ…!」
出合え出合え‼︎とばかりに、私の喉元の筋肉が違和感を追い出そうと締め付けるような伸縮するような動きになる。力を抜きたいが、もうそれは無理というものだ。マウスピースを前歯だけで噛み砕いでしまいそうな勢いだからだ。
「いっそのこと、ひと思いに…!」
「もはや…これまで……」
必死の形相で見ていたカメラ映像も、いつしか涙で滲んでよく見えなくなっていた。違和感を受け入れた身体は、5分の長さに怒りをぶつけることもなく、これ以上の刺激がないようにだけ願っていた。
引き戻される胃カメラの重力が横たえる身体の下側に寄り、共戦した私の喉元は、最後の通り道に静かに「うっ…」っと力が入った。
「終わりましたよ〜」
「ティッシュペーパーでお顔拭いてくださいね〜」
「大丈夫ですかあ〜?手鏡置いておきますね〜」
爽やかな声に、私は頷いて身体を起こし、「泣いてしまいました」と、忙し過ぎた顔を拭き取った。
「綺麗でしたよ〜」
明るいドクターだ。異常なかった。
安心したと同時に、喉元過ぎれば胃カメラ忘れた。
〈写真・弁当作成・文 ©︎2021 大山鳥子〉