SFコメディ小説 『ベン』
第2話
ベンは怒りん坊
家族入りが決定して「かんぱ〜い」とはしゃいだところで、千翼はベンの変化に気付いた。
ベンが酔っ払っているのではなく、毛色が変わっていたのだ。
千翼は尋ねた。
「あれ、ベン、お風呂入った?」
くすんでいた毛色が、全体的に赤茶色でふわっとしている。4本の脚はハイソックスを履いてるかのように真っ白だ。良い香りもする。
ベンは答えた。
「当たり前や。外から帰ったら風呂に入る。長旅やったからなあ」
「え、長旅って、ベン、長岡京市出身てプロフィールにあったやん、この街で生まれ育ったんちゃうの?」
「家族を探しに…。俺は旅ガラスよ」
遠くを細目で見つめた後、ぐびっとグラスのビールを飲み干し、自ら2杯目を注いでいた。
「……。ところでさ、ベン良い匂いするね。犬用シャンプーの香りかなあ?」
「いや、風呂場の近くに、新しいポンプ式のシャンプーやら何やら置いてあったから、それをつこた(使った)。なかなかええ匂いがする」
千翼は「あっ」と声を上げた。
それは千翼が今のものを使い終えてからと、買い置きしていた少し高めのシャンプーとコンディショナー、トリートメント、ボディソープだった。詰め替え用の容器もそろそろ新しくしようと、ポンプ式の本体を購入し、楽しみに取っておいたものだった。
千翼は一瞬、怒ってやろうかと思ったが、本人(というべきか…)も気を良くして飲んでいることだし、お祝いだと思って堪えようと、口をギュッとへの字に結んだ。
翌朝、ベンは8時に起きてきた。
ベンの席となったLDKの出入り口に1番近い椅子に腰をかけた。用意していた温かいご飯の香りを嗅ぎ、嬉しそうにお箸を前脚に取って味噌汁から食べ始めた。
この半年ほど、うちでは朝ご飯は私が作っている。料理は上手ではないが好きなのだ。
犬が食べちゃいけないものも検索したが、ベンは何でも食べるという。
ベンのものは特に薄味にした。
「熱っっつ!」
味噌汁をすすったベンが怒っていた。
「熱過ぎるんや、沸騰させたんか!」
「お味噌入れてからは沸騰させてないけど、出来たばかりやから」
ベンは猫舌だった。
文句が多い犬だ。気を付けて食べれば良いのに。
庭いじりや軽く体操を終えた母も、朝ご飯を食べにやってきた。
「ベンちゃんおはよう。よく眠れた?」
「はい、おかげさまで。ママさんは朝はいつも庭いじりと体操を?」
「そうやねん。ベンちゃんも一緒にどう?
あ、お散歩の方が良いかな?」
「散歩なら、一人で大丈夫です。出来ればママさんのお役に立てるようなことを」
「ほな、買い物についてきてもらおうかな」
ベンは嬉しそうだった。
食料の買い出しは母の楽しみだった。そこにベンが加わった。
そして母は、
「ベンちゃん、お買い物に行く曜日を決めてるスーパーもあるんやわ。
今日は火曜日やから、ちょっと亀岡まで遠出しようかな」
買い物については、母はなかなか行動派である。
気分転換に足を伸ばした亀岡で、「アミティ」というスーパーを見つけたらしい。その近くの「スーパーマツモト」もヨーグルトが目玉商品になっていたりと、地元のマツモトでは見かけない特売もあった。
亀岡への買い出しは、火曜日が一番良さそうだと母なりの分析があった。特に魚の鮮度でそう思ったらしい。
今日は「アミティ」「スーパーマツモト」、そして、野菜が安くて豊富な、沓掛の「業務用スーパー」のコースだと千翼は思った。
朝ご飯を終え、母とベンは身支度を始めた。そして9時過ぎには出かけようと言う。
千翼は火曜日のゴミ出しを終え、家に入ろうとすると、なんと、ベンが母の車の運転席に座っているではないか。
「ちょっとベン、降りなさいよ!」
私は車窓を軽く叩いて言った。
ベンはフンっとそっぽを向いた。そして眼鏡をかけた。
なんちゅう犬だ。ふざけているのか。
「ベンちゃんお待たせ〜」
母はスルリと車の助手席に乗り込んだ。
「行ってくるね」とばかりに母は手のひらを千翼に見せた。
そして、ベンが運転する車は出発したのだ。
一人、駐車場につっかけ(サンダル)のまま立ちすくむ千翼。
ベンの驚きの行動に衝撃を受けるのはもちろんだが、母がなんの疑問も抱かないでいることが理解できなかった。
「私、疲れてるのかもしれへん…」
母とベンが買い出しに行ってる間、千翼は少し横になった。
〈イラスト「ベンのお絵かき(リラックス編)」・文 ©︎2021 大山鳥子〉