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大清西部劇 第十二話 激闘

●12.激闘
 別宅の敷地内にある武器庫の手前で立ち止まる林たち。二人の男が入口を見張っていた。
「ちょうど良い。俺が2発で仕留める」
林は拳銃の撃鉄を起こしていた。
「林、こんな夜中に発砲したら音で気付かれるぞ」
アフメットは囁いていた。
「いや、2発なら、あんたの手下二人を撃った銃声だと当主たちは思うはずだ」
「そんな約束をしてたのか、全く…」
アフメットは天を仰いでいた。銃声が2発して見張りは倒れた。石が素早く駆け寄り、見張りから鍵を奪い武器庫の扉を開けていた。林たちは見張りを引っ張りながら周囲を警戒して中に入った。

 武器庫の中は弾薬箱、小銃、ダイナマイトなどが所狭しと置かれていた。 
「凄いな、戦争でもできそうだぜ」
石は、いろいろと武器を手に取って眺めていた。
「あれはなんだ。見慣れないものがある」
アフメットは一番奥に置かれた半分布がかけられている武器を指さしていた。林はすぐに布を取り、その武器を見定めていた。
「こっ、これは最新のマキシム機関銃だ。ロシア軍のものか、チベットのイギリス軍のものじゃないか」
林は近く掛けてある給弾ベルトも見ていた。
「マキシム機関銃って、ガトリング銃とは違うのか」
アフメットはしげしげとマキシム機関銃を見ていた。
「毎分500発だからガトリング銃の比ではない、この給弾ベルトをセットすれば、ブローバック式で弾丸が装填される。銃身は水冷式で冷やすから、ここから水を補給するんだ。しかし操作には3~4人必要と聞いている」
林はマキシム機関銃の前に立ち、イキイキとして説明していた。
「林、そんな知識をどこで知ったのだ」
石は舌を巻いていた。
「陸軍の兵器工廠の奴から教わったよ」
「こんな代物を日本陸軍は知っていたのか」
石は銃身を回転させるハンドルがないことに感心していた。
「さて、どうするかだな。娘さんを救出してここから脱出するには…」
林はマキシム機関銃の脇に置いてある弾薬箱に座っていた。
「見つからなければ、すんなり出て行けるんじゃないか」
アフメットは武器庫の窓から覗く星明りを見ていた。
「どうかな、あの地下牢は確か二人が鍵を持っていた。あの時、当主と本庄だったが」
石が思い返していた。
「それじゃ当主を取っ捕まえても、本庄の分は、今誰が持っているのだろうか」
林は腕組をしていた。
「こいつで吹き飛ばせ、良いだろう」
アフメットは近くにあったダイナマイトを手にしていた。
「地下牢ごと崩れて、あんたの娘もお陀仏になるかもしれないぞ」
林はアフメットが手にしたダイナマイトを静かに箱に戻していた。
「待てよ。かなりしっかりとした作りだったから、入り口だけ吹き飛ばせるかもしれない。しかし我々の存在を当主たちに知らしめることにもなるが」
石は、ダイナマイトの設置の仕方を熟知しているアフメットに同意を求めるよう言っていた。
「隊長、行けやすぜ」
「それじゃ、馬と脱出路を確保してから事を起こして、囲まれる前に脱出するしかないだろう」
林は組んだ腕を解いていた。
「やるなら、薄暗い今でしょう」
石は暗がりの中、目を輝かせていた。

 林と石は武器庫にあった荷車を引きながら、まだ寝静まっているオアシス内を歩いていた。荷車に満載された武器弾薬とマキシム機関銃は、かなりの重さになっていた。車輪がきしむ音がしていた。
「早いところ、機関銃の設置場所を決めないとアフメットが地下牢を爆破してしまうぞ」
石は雲が風に流され、星明りがより明るくなるのを見上げていた。
「あの頑丈そうなモスクの辺りはどうだろう。2階の屋根伝いに、馬をつなぎとめている所まで行けそうだ」
林は周囲の状況を見極めていた。
「急ごう」
石は荷車を強く引いた。
 
 地下牢の前にいた見張り二人は、ナイフで首を切り裂かれ倒れていた。アフメットは手下二人にダイナマイトを設置する位置を指示していた。
「そこにいるのは、父さんなの」
地下牢の中から声が聞こえていた。
「あぁ、待っていろ、すぐにそこから出してやるから。扉を吹き飛ばすからできるだけ離れて身を伏せていろ」
アフメットは手下が設置したダイナマイトの位置を再度確認していた。導火線に点火し、階段の付近で身を伏せるアフメットたち。
 耳をつんざく爆発音共に扉が粉々に吹き飛んだ。破片が舞う中、中に飛び込むアフメット。すぐに娘を抱きかかえて外に出てきた。
「急げ、ここから脱出する」
アフメットは、娘を抱き寄せてから手を引っ張った。

 林たちは微かな地響きと爆発音を耳にしていた。オアシス中のイスマイ家の手下たちが、銃を手に外に出てきた。警戒を呼びかける鐘が鳴っていた。

 モスクに通じる路地を歩く林。
「お前、見かけない顔だな」
通りかかったイスマイ家の手下が林を呼び止めた。林はマントを翻し、チョッキの胸から腹にかけて差していた左右合わせて4丁、腰のベルトの左右合わせて2丁の拳銃を見せる。林は拳銃を抜き、呼び止めた男を撃ち抜いた。その音に両脇の民家の窓が開き、拳銃が突き出てきた。林は素早く両手で拳銃を抜き、銃声と共に左右の二人を倒した。
「おーい、こっちだ。妖しい男がいたぞ」
路地の先から声がして、数人が路地に駆け込んできた。林は、路地の入口に向かって駆けだし、入りかけた手下を5人を次々に倒し、弾切れの銃を戻していた。林が路地から飛び出した所で4人の手下に囲まれた。
「おい、何者だ」
4人の一人が林に叫んだ。それと同時に林は側転しながら銃を構え、4発発砲する。路地にいた4人は不様に倒れていた。
 さらに表通りから、手下がどんどん押し寄せてきていた。それを見た林は、振り向きざまに撃ちながら、路地をモスクの方に引き返して行った。
 「おい、引きつけて来たぞ」
林はモスクの窓から中に飛び込む。入り口でマキシム機関銃を構える石。路地から発砲しながら、手下たちが駆け寄ってくる。モスクの扉が開き、中から間断なく弾丸が発射された。凄まじい途切れのない銃声が響き、弾丸が手下たちを全員なぎ倒していた。
「凄いな、これは」
石は一旦射撃を止めて一息ついていた。林は銃身を冷やす水を所定の穴から注いでいた。
「水が蒸発するのが早いのが難点だな」
林はぼやいていた。
「林、給弾ベルトは、ここにはめるんだよな」
石は不慣れな手つきで給弾ベルトをセットしていた。
 「また、おいでになったぞ」
林の声に再び射撃を始める石。面白いように人が倒れ、路地面した家の壁が砕け散っていた。林は給弾ベルトが最後の一本になったのを確認した。
「石、最後の一本だぜ。今度は俺に撃たせてくれ」
林は水を注いでいた壺を石に渡していた。
 林は、別の路地からモスクに迫る手下の一団を発見した。引き金を引き、先頭の手下をハチの巣にした。その余勢をかったまま撃ち続け、近くの店の支柱を粉々に砕き、屋根を落として路地を塞いだ。
「林、もう水がないぞ」
「それじゃ、陽動作戦終了だ」
林はモスクの階段の方へ走り出した。

 林たちはモスクの二階の窓から外に出ると、隣家の屋根に飛び移ることができた。その直後、モスクの階段に仕掛けたダイナマイトが爆発していた。
 林たちは、屋根を伝いに進み、塀を乗り越え、屋根が途切れる所まで来た。
「林、あそこの屋根まで、どうする」
「飛び越えるのは無理だな。一旦下に降りよう」
林が下を見ると、手下たちが6人待ち構えていた。
「俺がなんとかする」
林の目は下の手下の位置をしっかりと見ていた。
 林はマントを翻して飛び降りる。腰の拳銃を左右それぞれ引き抜き構える。彼は集中力が頂点に達しゾーンに入っているので、相手の動きはスローモーションで見えていた。手下たちが放つ弾丸二つが彼の肩と頭に向かっ
てくるが、身をかわして簡単に避けられる。林は拳銃を素早く6方向に向け引き金を引く。銃口を向けられても動かない手下たち。銃声もスローで聞こえてくる。手下たちは次々に地面にゆっくりと倒れていく。林は拳銃を左右同時にホルスターにしまう。ここでゾーンが終わった。 
「林、今のは何だ。神業じゃないか。銃声と共にお前がやられたと思ったぞ」
石は林の周りに倒れている手下たちを見下ろしていた。 
「動かない標的は撃ち損じがないんだ」
林が言っても石はぽかんとしていた。
 林たちは再び屋根伝いにアフメットと落ち合う場所に向かった。もうこの頃になると薄っすらと空が明るくなり始めていた。
 落合場所には、林たちの馬を引き連れたアフメットたちが待っていた。アフメットの娘は、林を見るなり、すまなそうな顔をしていた。林たちは、まだ散発的に銃声や爆発音がし、混乱しているオアシスを発ち、かなり離れた所まで来た所で朝日が射してきていた。

 赤茶けた砂が舞う荒野。アフメットの馬には本人と娘が跨っていた。その両脇に林と石が並んでいた。アフメットの手下たちは、その後ろに連なり馬を進めていた。
「しかし惜しいことをしたな。あのマキシム機関銃を持ち帰りたかった」
石は残念そうにしていた。
「あの撃った時の感触が忘れられないか」
林は機関銃を構えるポーズをしていた。
「そこの二人、そんなにあの機関銃は威力があったのか。俺も撃ちたかったな」
「アフメット、あんたは娘さんの方が大事だろう」
石は風を受けながら言っていた。
「まぁ、そうだが」
とアフメット。後ろで手下たちがニヤニヤしていた。
 「あそこが古代高昌国の故城だったよな。石、誰も後は付けていないよな」
林も後ろを振り向き、目を凝らしていた。本庄の形見の折り畳み式望遠鏡は銃撃の激闘の際に割れていた。
「大丈夫だ。羊を移動させている子供が遠くの方にいるだけだ」
石は羊の群れが砂煙を上げているのを見ていた。

 崩れかけている土壁や石積みの壁が残っている故城跡。屋根など遠の昔に消え失せていた。最近積み上げられた石材を横滑りに動かすと、石材に囲まれた空間に金塊がむき出しに置いてあった。
「一つも減ってないよな」
アフメットは数え始めていた。
「大丈夫だ。ここを知ってるのは俺らだけだから」
石は気にしていなかった。
「分け前はどうする。本庄の取り分の日本の軍資金をわけるか」
林は皆が言い出しにくいことを切り出していた。
「林、お前の取り分がないが、本庄の分をそっくりというわけには行かないよな」
アフメットは小さめの声であった。
「本庄の分をまず2等分して、林の分と俺らの追加分としたらどうだ」
石は林を見ながら申し出ていた。
「それじゃ隊長、その2等分した中からさらに2等分したものが俺の追加分になるんですか」
「そうだな。林どうだ。良いか」
「喜んでとは言わないが、妥当な線だろう。アフメットは娘と手下の分も含めてだからな」
林は本庄の形見の望遠鏡とペンダントを手にしていた。
「あのぉ、親方と旦那方、」
手下の一人が3人の所に来た。
「どうした、分け前に不服があるのか」
アフメットはちょっと驚いていた。
「違いやす。どこかの大軍がこっちに向かって来やす」
「何っ」
アフメットと石は同時に声を上げていた。林は故城の朽ちた壁の隙間から外を見た。武装した30人ほどが馬に跨り、駆け寄って来ていた。
「父さん、反対側からも」
娘のアイの言葉に林たちがそちらを見ると別の武装した30人程が駆け寄ってきていた。
 あっという間に故城は60人ほどの武装した一団に包囲された。
「どうする。中央突破でもするか」
アフメットは勇ましいことを言っていたが、表情は暗かった。
「もう、こっちには弾薬もあまりないしな」
石は歯痒そうにしていた。
「たぶんイスマイ家の連中だろう」
林は一団から5騎がゆっくりと歩み寄って来たのを見ていた。

 「林さん、つまらないトリックをして、オアシスをめちゃくちゃにするとは、思っても見なかったですよ」
5騎の真ん中の男は当主であった。
「あんたとは手は組みたくなかったからな」
林は馬に乗っている当主を斜めから見上げていた。
「そういうことですか」
「信用ならんしな」
林の言葉が風のように通り過ぎていく。
「林さんたちが運んできた荷車の木箱に石が詰められたのを見て愕然としましたけど、手を組んで金塊のありかを教えてもらうつもりでした。しかしこんな形で教えてもらうとは、天命ですかな」
「どのみち、金塊を横取りして俺らを殺すつもりなのだろう」
「あなた方が列車強盗をしたカネだから、ロシアに返そうかと思いまして」
「調子の良いことを言うな」
「どうとでも言ってください。しかしこれで林さんたちの武勇伝は終わりです」
当主は陰険な笑みを浮かべていた。
「おう、アイ、君もいたか。ちょうど良いまとめて始末しよう」
当主は睨み続けているアイの視線に気が付いた。アフメットは飛びかからんばかりに睨みつけていた。
「それでは、その金塊を渡してもらいましょうか。無理にでもいただきますよ」
当主が言うと、包囲している60人が一斉に小銃を構えた。石はホルスターに手が掛かっていた。
「おおっと、その前に、血を流すのは本意ではないので、武器は出してもらいます」
当主が指図すると手下5人が、林たち全員の体をチェックし始めた。
 林たちの前には取り上げられた拳銃やナイフが大量に並べられていた。
「こんなにあるとは、驚きですな」
当主は林の日本製の拳銃を手に取って珍しそうに眺めていた。
「それはもう1発しか残っていないぜ。ロシアンルーレットができるだけだな」
林はぼそりと言った。その言葉に当主はニヤリとした。
「林さん、あんたは最後まで楽しませてくれそうじゃないですか」
当主はレボルバー回してから、その拳銃を林に手渡していた。
「これをこめかみに当てて引き金をどうぞ。助かる見込みはありますよ。しかしやっていただかないと、確実に死ぬことになります」
当主は手下たちに小銃で林に狙いをつけさせた。
「…、まどろっこしい。一気にケリをつけたい。1発と言わず5発にしてくれ」
林が言うと、石やアフメットは目を丸くしていた。
「ほう、こいつは6連発なのか。面白い」
当主は林の拳銃に弾丸を装填してから、再び林に手渡していた。
 林は撃鉄を起こし自らこめかみに拳銃を当てていた。
「トャグ、止めさせて、どうせ弾がでなくても、殺すんでしょう」
アイが突然、騒ぎ出した。
「相変わらず、うるさい女だな。黙らせろ」
当主は周りを固めている警護の手下の一人に命じた。その手下は小銃を構え、アイに向ける。
「先に始末しろ」
小銃の銃声がする。硝煙が上がる。しかしアイは倒れなかった。林にはアイが避けたように見えた。
「おい、ちゃんと狙って撃て。まぁ、良いだろう。命拾いしたな」
当主は震えているアイを見て、再度の発砲は命じなかった。
「林さんよ、早いとこ、ケリをつけてくれ」
「わかった」
林は再度拳銃をこめかみに持っていく。精神を集中させていた。引き金に指がかかる。ゾーンに入った林。拳銃をこめかみから離し、警護の手下に向け次々に撃っていく。手下はあっ気に取られて倒れていく。当主はほとんど動かない。4人を仕留めると、最後に当主を抱え込み、こめかみに銃口を押し当てる。ここでゾーンが終わり、景色はスローでなくなった。
 見事な早業にアフメットと娘は手を叩いていた。
「ほら、手下ども、動くな。動くとこいつを撃つぞ。銃を下せ」
林の言葉になす術もないイスマイ家の手下たち。両手を上げて、手下たちに従うように言っている当主。石たちが、包囲している手下たちから小銃を集めていた。
「集めるだけでも一苦労だな」
アフメットは文句を言いながら、手下たちから小銃を奪い取って行った。しかし数人目にして、従わず、なかなか小銃を離さない手下がいた。すぐに残りのイスマイ家の手下に囲まれるアフメット。逆に銃を突き付けられていた。

 「面目ねぇ」
引っ立てられたアフメットは、林の前まで連れて来られた。林は拳銃を当主のこめかみから放した。するとアフメットは突き飛ばされて解放された。
「これで形勢逆転というわけですな。拳銃を捨ててもらいましょう」
当主は笑っていた。林は仕方なく拳銃を放り投げた。アイの前2mほどの所に落ちた。石たちも奪った小銃を放り投げていた。
 「さて、茶番劇は終わりにしましょうか。こいつらを縛り上げて故城ごと吹き飛ばせ」
当主は、手下に命じた。手下たちが動き出した。林はアイを意味ありげに見ながら神経を集中させていた。再びゾーンに入る林。林を縛りに来る手下の動きがゆっくりと見える。しかしアイが林を見る目は普通の動きである。
『その銃を投げてくれ』と林が言う。アイはうなづくと素早く動き、銃を拾って投げてくる。周囲の人間たちはスローのままである。林は銃を手にして当主を再び抱え込み、こめかみに銃口を当てる。そこでゾーンは終わった。
 「な、なんだ」
狐につままれたような顔をしている当主。
「また逆転したな。手下ども、動くと本当にこいつを殺すぞ」
林は大声で怒鳴り、アイに目くばせしをしていた。
「アフメット、今度はちゃんとやってくれよ」
林が念を押すと、アフメットはイスマイ家の手下を蹴り飛ばしながら小銃を取り上げていった。石もアフメットの手下も胆に命じているようだった。

 「しかしアフメットじゃないけど、これだけの人数縛るのは、大変だったよ」
石は林が当主を見張っている所に戻ってきた。
「俺の方もかたがついた。で、こいつは縛り首に出もしやすか」
アフメットは当主の首に縄をかける真似をしていた。 
「林さん。私にはあのオアシス住民の暮らしを守る必要があるんだ。命だけは助けてくれ」
縛られている当主は、泣き叫ぶように言っていた。
「ロシアと清国の二重スパイをしていたのも、そのためか」
「そっ、そうだ。カネがいるのでな」
当主は喉を枯らしていた。
「カネか。俺らがオアシスでひと暴れしたから、住民にも迷惑が掛かっただろう」
「家やモスクの補修にカネがかかる」
当主は付け加えていた。
「それじゃ、金塊を2本やるか」
林が言うとアフメットは、とんでもないといった表情をしていた。
「林、それはお人よしというものだ。こいつなんぞに渡す必要はない」
「しかし住民には罪はないだろう。あんたの娘が世話になった奴もいるだろう。こいつの性根を見てみようじゃないか」
「性根ねぇ」
アフメットは不服そうだが、それ以上言わなかった。
「くれるのか」
当主の表情が緩む。
「但し、お前じゃなく、ちゃんと住民のために使ってくれそうな奴にな」
林は縛られている手下たちを見回していた。白い髭を生やした年配の手下に目が留まった。林は年配の手下の縄を解き金塊を2本手渡した
「そこの馬に乗って一人でオアシスに戻って補修などに使ってくれ。良いな。小銃は渡さないから獣に食われるなよ」
「へい。わかりやした」
年配の手下は当主を遠慮がちに見ながら、その場から離れて行った。

 「これで、俺らはおさらばする。ゆっくりと縄を解いて自力でオアシスに帰れ」
林は縛られている当主を馬上から見下ろしていた。
「こいつを殺さないなら、こうしないと気が済まねぇ」
アフメットは馬から飛び降りて、当主を5発殴ってから、馬に跨った。
「あたしも、こいつには恨みがあるわ」
アフメットの娘も一発殴ってからアフメットの後ろに飛び乗っていた。
「石、あんたは良いのか」
「林、あんたこそ、これで良いのか。後は天命に任すよ」
「どんな天命だろうかな」
石は林と同様に馬上から当主を見下ろしていた。

 荒野に夕日が射す頃、林たちはイスマイ家のオアシスに通じる道の途中の丘に身を伏せていた。
「奴は、本当に来るのか」
石は半信半疑であった。
「当主の縄は緩めにしておいたから、来るはずだ」
林はきっぱりと言っていた。
「おいおい、来たぞ」
アフメットが嬉しそうにしていた。
「ぁぁあれは、年配の手下よ。のろのろしているわね」
アイが見ている視線の先から、疾走してくる馬があった。
「あいつだ。トャグだ」
アフメットがいち早く見分けていた。
 当主は発砲して年配の手下を呼び止めていた。手下に銃を向けて発砲する。年配の手下は馬から転げ落ち、当主は鞍に括り付けてある金塊の袋を奪い取っていた。
「良心の欠片もない、そういう奴なのか」
石は苦笑していた。
「性根が腐っている。やはり死んでもらわないと世の中のためにはならんな」
林は立ち上がり馬に飛び乗った。石たちも後に続いた。

 「手下の金塊を奪ったな。どこまで強欲なのだ」
林は並走させている馬から飛び移り、当主を馬から抱え落とした。林たちが転がり荒野に砂塵が舞っていた。立ち上がる当主は拳銃を構えていた。林も拳銃を構え皆が揃うのを待っていた。すぐに石たちも馬から飛び降りてきた。
「助けてくれ、これは返す。これでも食らえ」
当主は引き金を引くが弾切れであった。何回も林に向けて引き金を引く。
「どうする」
林は、アフメットばりの野太い声で言った。
「やるしかねぇ」
「やっちまえ」
 林、石、アフメットが一斉に当主に発砲した。当主は金塊の袋に覆いかぶさるように倒れた。
「あぁ、それとこれは娘の分だ」
アフメットはもう一発放っていた。駆け寄ってきた娘を抱き寄せるアフメット。
「この金塊はこのまましておこう。ここはオアシスへの通り道だ。いずれ手下の誰かが見つけて持って行くだろう」
「林、あんたはどこまでお人よしなんだ。それもいただこうぜ」
「一度決めたことは守りたいのだ」
「そうかい、そうかい。2本抜いたから分け前は少し減ることになるな」
アフメットはぼやいていた。
「これが天命か、気取りやがって」
石は昇ってくる月を見上げていた。


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