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大清西部劇 第一話 巡り合わせ

●1.巡り会わせ
 酒舗の軒先にテーブルを置き、麻雀をしている林。正面に座るアフメットの表情をちらりと見ていた。
「ポン」
林はアフメットの捨牌を自らの手牌の脇に並べていた。渋い顔をしているアフメット。
「リーチ」
林の右前の男が意気揚々と叫んでいた。
 一巡したが何も起こらなかった。
「リーチ」
林が点棒を場に投げた。アフメットは手を強く握り締めていた。さらに一巡する。
「リーチ」
林の左前の男がニヤニヤしがら点棒を置いた。
「ロン」
林はその男が捨てた牌で上がった。
「貴様、そんなのイカさまだろう」
アフメットがテーブルを叩いた。麻雀牌はパラパラと落ちた。
「あんたらこそ、イカさまだろう。イーソウが二つあるわけないだろう」
林はそう言いながらズボンの裾に隠していた拳銃に手を持って行った。
「このイカさま野郎を始末しろ」
アフメットが叫ぶと酒舗の奥から人相の悪い男4人が拳銃を持って出てきた。
「おぉっと、そっちがその気なら」
林は座ったまま、テーブル下から4発ぶちかました。男たちは足を抑えてふらついていた。林は拳銃を戻しズボンの裾を直していた。
「次は、手だ」
林は立ち上がるとベルトの拳銃を素早く抜き4発を放つ。男たちの手から拳銃が次々に落ちて行った。
「俺の点棒をカネに替えてくれるな」
林はアフメットに銃口を向けて詰め寄り、点棒を鼻先に突きつけた。
「…わかった。しかしタダで済むと思うなよ」
アフメットは、しぶしぶ点棒を数えていた。
 林はアフメットから大清紙幣を受け取る。アフメットの手下は林の隙をうかがっているが、林は常に目を光らせていた。林はウイグル民族伝統の帽子ドッパを被り馬に跨った。
「あんた、その帽子を被っても似合わんぞ。ウィグル人ではないだろう」
「想像に任せるよ」
林はあぶみを動かすと馬が走り出した。

 天山山脈を背景に荒野を進む林。馬の足取りを止め、水筒の水を飲む。後方では数騎が隊列を組んで砂煙を上げて近づいてきた。新疆省の巡察隊の旗指物が風にはためいていた。
 林は馬を降りて、巡察隊が通り過ぎていくのを見ていた。しかし先頭を行く騎馬が急に立ち止まり、隊列も砂塵を上げて止まった。
「そこのお前、どこに向かうつもりだ」
先頭の隊長と思われる男が振り返って叫んでいた。
「カシュガルに良い仔羊がいると聞いたもので、買いに行く途中だ」
「お前、その顔つきからして漢人だろう、なんでウィグル人の恰好をしている」
「満州の辮髪野郎に従うくらいなら、ウィグルの方がまっとうだからな」
「お前、名前は」
「林明、おやじが明の復興を願って名付けた」
「清の満州人支配に不満でもあるのか」
「それは、あんたもわかるだろう。満州族の手先になり果てた漢人さんよ」
「…、それは…俺もなくはないが。まぁ日本と戦争をして負けるくらいだから、落ち目だろうな」
「このままで、良いと思うか」
「俺らには政治のことはわからん。一応、持ち物を見せてくれ。これも俺らの仕事だからな」
隊長はそれほど強硬な態度ではなかった。
 林はベルトに指しているコルトM1877や水筒などを見せていた。ズボンの裾の膨らみを見落とさなかった隊長は、そこを部下に調べさせようとした。しかし林が素早く、そこに隠していた拳銃を取り出し、銃口を隊長に向けた。隊長は目を丸くしていた。林はすぐに拳銃をぐるりと回し、銃床部分を隊長に向けた。
「明治26年製の日本陸軍のリボルバーだよ」
「お前、これをどこで手に入れた」
「その辺は蛇の道は蛇の道だ」
林は近くの小石を投げてリボルバー拳銃を一発ぶっ放す。小石は砕けて破片はが散らばった。
「結構、使いやすいし、6発入るからな」
林が言っていると、隊長を含め巡察隊の面々は、あっ気にとられていた。
「あんた、面白い奴だな。今夜の宿はどうするつもりだ」
「そこらでたき火でもして寝るぜ」
「巡察隊の分公署に泊まるか」
「檻の中はご免だぜ」
「まさか、歓待はできんが、野宿よりはマシだろう」
隊長は林に馬に乗るように促していた。

 林は巡察隊の分公署の隊長室に通され、石と名乗った隊長と酒を酌み交わしていた。白壁作りで昼間の高温と夜の低温にも配慮されていた。
「そうかい、あんたは清国はそう長くないと見たか」
石は軽く微笑んでいた。
「たぶん、王朝交代というか、革命が起きる思う」
林はごくりと酒を飲み干していた。
「漢人の王朝かい」
「いや、王朝を廃した革命になるんじゃないかな」
「あんたは、銃の腕前ばかりでなく、政治の見識も高いのか。しかし太平天国の乱は失敗したぞ」
「あれは、充分準備ができていかったし、所詮、農民の反乱だからな」
林が言い終えると、隊員が入って来た。
「隊長、アフメット一家の親方が訪ねて来ました。何か急用のようでして」
「ん、夜分にか。なんだろう。ここに通せ」
石は腑に落ちない顔をしていた。

 アフメットは林と顔が合うと、渋い顔をして睨みつけていた。
「隊長、なんでこいつがここにいるんです。イカさま野郎ですぜ」
アフメットは要件を言う前に不服そうな顔をしていた。
「なんだ。知り合いだったのか」
石は林とアフメットの両方を見ていた。
「ごろつきのイカさまを見破ったまでですけど」
林は何食わぬ顔をしているが手は拳銃のそばにあった。
「ところでアフメット、要件はなんだ」
「うちの娘が嫁いだ先から、脅迫状が届いたんです」
「半年前にクチャに嫁いだあの娘か。お前に似ず美人だからな」
「隊長、それはないですよ」
「それで助けとは、」
「身代金の要求があり、払わないと身売りすると」
「いくらなんだ」
「1万5千両(現代日本円換算約1億3千5百万円)です」
「それは大きく出たな」
石は杯をテーブルに置いた。
「賭場をいくつもやっている俺でも、1万は払えるわけない。土台払うつもりはないがな」
アフメットは手をきつく握り締めていた。
「へぇ、あんたは軒先でイカさまマージャンをやっているだけではないのか」
林が言うと、目をぎょろつかせていた。
「イカさまは、お前の得意技だろうが」
「まぁまぁアフメット、落ち着け」
「隊長、巡察隊と共に乗り込んで、娘を取り戻そうと思う。指示など待っておられません」
「そう言われてもな」
「隊長たちは新疆省の治安を守るために、駐屯しているんですよね。新疆省になる前からの長い付き合いじゃないですか」
「俺もいろいろな役人をやったきたがな」
「この私が口を利いてきたから、漢人のあなたがウィグルの地で職にありつけたわけですけど」
「わかった。しかし巡察隊を動かすには、手続きがいろいろとあってな。時間がかかる」
「そこは袖の下でなんとかするのが、漢人のならわしじゃないですか」
「お前も辛辣なことを言うな。…まず、俺とお前の手下で娘さんがどこにいるか突き止めてからだな」
「隊長、そうこなくっちゃ。恩に来ますよ」
「…林、あんたもその銃の腕を貸してくれないか」
石が言うと、アフメットと林は驚いていた。
「こいつと組むのですかい、ケガさせられた手下もいるんですよ」
「…俺もこんなごろつきとは手は組めん」
「二人とも、そうもめるな。アフメット、娘さんの嫁ぎ先はどんな奴だ」」
「満州人の高官とつながりがあり、長いものに巻かれる野郎です」
「となると、満州人に一泡吹かせることにもなるかな」
「たぶん、その面もありますけど」
アフメットは小声になっていた。
「どうだ林。ひと暴れするのも面白くないか」
「お前、やっぱり漢人だったのか。ウィグルの恰好をしているが」
アフメットはニヤニヤしていた。林は黙っていた。
「隊長、こいつとはことが済んだら決闘をすることで組んでも良いですぜ」
アフメットが言う。石は林の表情をうかがっていた。
「林さんよ、アフメット一家と決闘するために組めるかな」
アフメットは不敵な笑いを浮かべていた。
「良いだろう。暇つぶしなるか」
林は酒をグイッと飲み込む。

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