大清西部劇 第九話 シベリア
●9.シベリア
「この調子だと採れたての金塊を積んだ列車が通過する1日前に着いてしまうんじゃないか」
林は心地良さそうに風を受けていた。
「でもなんか、御者はそわそわしだしてないか」
石は御者のムチ裁きに迷いがあるのを見ていた。
カーブを曲がった先は、凍土が解けたぬかるみになっていた。トロイカは急に速度を落とした。
「旦那方、これ以上は無理。降りて歩いてくだせぇ」
御者はぶっきら棒に言ってきた。
「空身のトロイカにして、日陰側の道の端を人力で押さないとダメでさぁ」
「馬はどうする」
林は馬の脚がズブズブとぬかるみにはまって行くのを見ていた。
「おんなじに日陰側の道の端を歩かせやす」
「御者、そんなことしていたら時間がかかるじゃないか」
アフメットは苛立っていた。
「仕方ありやせん。それとも戻りやすか」
「アフメット、ずーっとぬかるみが続くわけじゃないだろう」
石は御者に同意を求めるように言っていた。御者は石とアフメットの顔を交互に見ていた。
「わかりやせんが、しばらく行けばその先は山の陰になりそうでさぁ」
「帰りよりは、楽だと思うぞ」
林は金塊を乗せた帰りが思いやられると感じていた。
石と林はトロイカの前側に立ち縄で引っ張り、アフメット、アフメットの手下たち、後ろから押していた。御者は3頭の馬を、手綱を器用に使って誘導していた。
「まさかこんな所で力仕事するとはな」
石は縄を握り直していた。
「アフメット、さっき俺が言ったことは訂正するよ。行きは銃弾などの重さが結構あったな」
林は振り向きざまに言っていた。
「行きも帰りも難儀するということか」
息を荒くしているアフメットがトロイカの後ろから声を張り上げていた。
「俺は帰りの方が重いことを期待するよ」
石は、素っ気なく言う。
「重くてもな、気持ちは軽いはずだぞ」
林は自分に言い聞かせるように言っていた。
1キロぐらい進むとぬかるんだ道から抜け出した。トロイカの車輪についた泥を払い落し、3頭の馬をつなぐと、林たちを乗せて再び走り出した。
トロイカは線路脇に停まっていた。林たちは荒れ地に伸びるシベリア鉄道を見ていた。
「よくもまぁ、こんな所に鉄道を敷いたものだ」
石は真っ直ぐ伸びる線路の上に立っていた。
「この先のキヤ川にかかっている橋で金塊をいただくと、地図には書いてある」
林は、前方を見るが少し高くなっているので川は見えなかった。後ろを見るとはるか後方にマリインスクの町が見えていた。
「ぐずぐずしていられないな、ぬかるみで時間を取ったから、列車の通過時刻にまで橋まで行かないと」
林は懐中時計を手にしていた。
「林、あんたら日本人と違って、時間はぴったりとは限らんぞ。だいたい何をやっても1時間ぐらいは遅れるもんだ」
「アフメット、それはロシア人もそうなのか」
「わからん。がしかし、ここいらの人間はそんなに変わらんだろう」
アフメットは林をたしなめるように言っていた。
「そうかな、かなりロシア領の中に入っているぞ。時間感覚はどうかな」
石は異を唱えていた。
「いずれにしても橋まで急ごう」
林はトロイカに真っ先に乗り込んでいた。
トロイカは御者と共に近くの茂みに隠し、林たちは橋の手前の線路の上に立っていた。
「ここは勾配があるから、橋に差し掛かる前は速度が落ちるから、ちょうど良い襲撃場所だと本庄から聞いていたが、その通りだ」
林は橋の方へと足を進めた。石、アフメット、ダイナマイトなどが入った袋を背負うアフメットの手下たちが、後に続いた。林たち線路の上を歩きながら橋を渡った。
「思ったよりも小さな川だな」
石が木で組まれた橋の縁から下を見ていた。林も下を覗いていた。
「林、どう襲撃するんだ」
アフメットは目が爛々と輝いていた。林は本庄から渡された地図の裏面を広げた。
「機関車、金塊輸送貨車、警護兵の車両の位置にもよるんだ。この走り書きのように警護兵の車両が後ろにあれば切り離せば良いのだが、兵の配置はわからない。でたとこ勝負かもしれない」
「望むところだ、ワクワクするぜ」
アフメットは線路の先を見ていた。
「林のことだから、策は何通りも考えているんだろう」
石は小銃も肩にかけていた。
「多少わな」
「本当は何十通りもだろう。気取るなよ。お前は破天荒に見えて極めて慎重だからな」
石は苦笑していた。
「そろそろ通過予定時刻だが、どうかな」
林は懐中時計を見た後、線路に耳をあてていた。
「林、どうだ」
石は線路に身を伏せている林を見下ろしていた。
「全然、音はしない」
林は首を横に振っていた。
「だろうな、時間なんてあてにならない。今日中に通過すれば良い方だぞ」
アフメットは、手下たちの袋の中身を確かめていた。
「もう1時間半過ぎているが、どうだろうな」
林は懐中時計の蓋を閉めていた。
「1時間半か、これで来るなら結構時間に正確と言えるんじゃないか」
石は線路の先を見つめていた。わずかに煙が上がっているように見えた。
「ん、あれは」
林は目を凝らして黒い煙が立ち上っているのを見定めていた。
「ロシアは結構時間に厳しいじゃないか」
アフメットは線路の少しカーブしている辺りまで来た列車を目にしていた。上り勾配なので、かなりゆっくりと進んでいた。
「…警護兵の車両が機関車の後ろと、後方にあるか。それで金塊は…」
林は本庄から借りた小ぶりの望遠鏡を覗いていた。ほとんどが採掘したばかりの石炭が積まれた無蓋貨車で、所々に有蓋貨車が連なっていた。林は望遠鏡の視野内にある有蓋貨車を一つ一つ丹念に見ていた。
「前方、中程、後方の3ヶ所の2連有蓋貨車のどれかだな」
「林、そんなんじゃ、やりようがないぞ」
アフメットは、苛立ち始めていた。
「どの2連貨車も兵の姿は見えるのか」
石はもどかしそうにしていた。望遠鏡を覗く林はうなずいていた。
「これは、一発ぶち込まないとわからんな。しかしまだ距離がある」
林は望遠鏡を下す。肉眼で見る小さく細い列車との差を感じていた。
「アフメット、足の早い奴に命じて、あの枯れ木のあたりにダイナマイトを仕掛けてくれ」
「林、線路からちょっと離れているが、意味のあんのか」
「ぶち込まして、様子を見る」
林が言うと、アフメットは即座に足の早い手下にダイナマイトを渡していた。
列車はのろのろと時速10キロ程度で枯れ木の地点を通り過ぎた。林は小銃でダイナマイトを狙って撃つ。枯れ木が粉々に飛び散り、列車に降り注いでいた。列車は急停車し、それぞれの有蓋貨車の扉が開き、兵が飛び降りてきた。前方の2連有蓋貨車の方に兵は駆け寄って行った。
「わかったぞ、前方の2連の今扉が開いていない有蓋貨車だ」
林は望遠鏡と肉眼の両方で確認していた。
しばらく停車していた列車は、線路に支障がないことを確認すると、警護兵を再び有蓋貨車に乗せて、ゆっくりと走り出した。
「橋にもダイナマイトを仕掛けてくれ」
林が言うとアフメットが命じる間もなく、足の早い手下がダイナマイトを持って橋に向かった。林は、攻略手順を手短に石たちに話していた。
ゆっくり進む機関車は、橋の少し手間の林たちが隠れていた茂みの前まで来る。林たちは一斉に機関車に駆け寄り飛び乗った。
拳銃を突きつけられ機関士と機関助手は、両手を上げていた。
「このまま走らせ、橋の真ん中で停止しろ」
林がロシア語で言ったので、石たちは少々驚いていた。機関士たちは怯えた目つきで従っていた。
機関車に飛び乗った人影が見えたので、後方の警護兵の車両から、叫び声が上がっていた。石炭を積んだ無蓋貨車の上を乗り越えて、近寄って来る警護兵がいた。機関車に連結している炭水車と一両隔てた無蓋貨車まで来ると、機関車の様子を確認して発砲してきた。アフメットの横をかすめて弾丸が飛んだ。アフメットはすぐに振り向き2発放つと、警護兵は無蓋貨車から転落した。
列車は橋の真ん中で停車した。炭水車越しに銃撃戦が始まった。林は、じりじりと前を進み、炭水車の次の無蓋貨車まで行く。そこからさらに後方の無蓋貨車に潜む警護兵を撃っていた。
林の後に続く、アフメットと石。
「俺はあの有蓋貨車の兵員を仕留めてくるから、援護を頼む」
林はダイナマイトをベルトに指していた。
「わかった」
石は、弾幕を張るように拳銃を撃ちまくった。石が弾を装填している間は、アフメットが撃っていた。その間、林は、次の無蓋貨車、次の無蓋貨車と飛び移っていった。
有蓋貨車の一つ手前の無蓋貨車まで来ると、さすがにこれ以上近づけなくなった。川から吹き上げる風に林のマントがはためき、そこを警護兵の弾丸が貫いた。林は少し息を潜めて、撃たれたように見せかけてから、点火したダイナマイトを有蓋貨車に投げた。
爆発共に、有蓋貨車の屋根も側壁板も粉々に吹き飛び、ほとんど床板だけになっていた。この有蓋貨車から銃撃はなくなったが、さらに後方の有蓋貨車からの銃撃は続いていた。
石とアフメットも林の所まで、来てくれていた。
「隣の有蓋貨車に金塊があるはずだ。俺が見て来るからまた援護を頼む」
林は、身を伏せながら素早く移動していた。銃弾の嵐が始まった。石が放った拳銃の弾が、警護兵の銃弾と空中で激突して、線路下の川に落ちて行った。
林は有蓋貨車の壁板を銃で撃ち抜いてから、蹴とばして中に入った。金塊の木箱を守っていた兵が二人座っていた。林は目が合った瞬間に撃とうしたが、二人とも力なく倒れた。
「脅かしやがって」
林はつぶやいてから木箱を荒々しく開ける。中には、金塊があった。思ったよりも少ない感じがあったが、金塊は意外に重たかった。確認するとすぐにその有蓋貨車と次の貨車をつないでいる連結器の所に行く。
石とアフメットが散発的に発砲している中、林は連結器を外そうとレバーを回し始めた。レバーは非常に硬く、なかなか回らなかった。林が力んでいると有蓋貨車の壁板に弾丸が当たった。次々に弾丸が飛んでくる。立ってレバーを回すことができなくなった。
「おーい、石、援護を頼むぜ」
林が言うがすぐに反応がなかった。
「どうした」
「アフメットが撃たれた」
石の声がしていた。
「いや、かすり傷だ」
アフメットは怒鳴っていた。
林は仕方なく、次の無蓋貨車まで行き、さらに後方の警護兵に向けて発砲する。狙いを付けて3人を撃つと、少し銃撃が収まった。すぐに石が林の近くまで来てくれた。
「石、この貨車の石炭に火が付かないかな」
「ダイナマイトを貸してくれ、ここに埋め込んで点火すれば、何とかなるだろう」
石は導線の長めの位置に火をつけた。林と石は、身を伏せながら急いでその場を離れる。金塊のある有蓋貨車に飛び移った直後に爆発した。石炭の塊が飛び散り、有蓋貨車の壁板に穴を開けていた。
石炭の一部に火が付き始めた。爆発の衝撃で連結器のレバーが回り始めた。林は手早く、連結器を外すと、空に向けて発砲した。すると列車は再び動き始めた。金塊を積んだ有蓋貨車から後ろはそのまま動かず、ドンドン離れて行った。警護兵たちが撃って来るが、だんだん弾丸がそれることが多くなってきた。
そのまま橋を渡る列車の前半分。
「アフメットの手下がダイナマイトを仕掛けてくれよな」
林は拳銃の弾を装填していた。
「機関士を脅しながらも、もう一度確かめていたようだから、間違いないと思うよ。さもないと面倒なことになる」
石は取り残された列車から降りて、線路伝いに追ってくる警護兵を見ていた。
林たちが乗っている有蓋貨車が橋を渡り切ると、橋の真ん中辺りから少し岸寄りの橋脚部分に括り付けられた4ヶ所のダイナマイトが見えた。林は拳銃を抜くと、素早く4発発砲する。ほぼ同時に凄まじい大爆発が起き、橋が崩れ始め、警護兵、橋脚の木片などともに、後ろ半分の列車が川に落ちて行った。
アフメットが片足を引きずりながら有蓋貨車まで這って来た。林と石はアフメットを抱き起して立たせた。
「おい見ろ、あんたの手下のおかげで橋はあの通りだ」
石はアフメットの肩を叩く。アフメットは足の痛みに顔が歪んでいた。林、石、アフメットの3人は金塊の入った木箱の前でニヤリとしていた。
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