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デジタル妖怪ラボ 第一話 デジタル妖怪バスターズ

 東京の夜は常に光の洪水に溢れている。しかし、その光の中に潜む影には誰も気づかない。『デジタル妖怪ラボ』は、西新宿のビル群のはずれに建つ、空きテナントが多い古びた雑居ビルの最上階にあった。表向きはサイ
バー・セキュリティー会社であったが、最新のテクノロジーと古代の神秘が交差する事象を研究し対処していた。

 所長の冴場慎一は、深夜の仕事に取り組んでいた。彼の前には、巨大なモニターと無数のコードが張り巡らされたコンピューターがあった。冴場は密かに知られているデジタル妖怪、つまりインターネット上に存在する怪奇な存在を追っていた。
 ラボの固定電話が鳴り受話器を取る冴場。真剣な表情で聞き取っていた。
「そうですか。それはプログラムのバグかウィルス感染の可能性があります。代々木ですか。それなら近くなので、これからそちらに参ります。そのままお待ちください」
冴場は急いでノートパソコン、妖怪探査装置や捕獲機を抱えてからスマホを耳に当てた。
「合島君、妖怪出現の可能性が高い事象があった。至急、ラボの駐車場に来てくれ」
「えぇ、ははい。通勤に便利だと隣のマンションを借りたことが、仇になったってやつだわ」
「文句を垂れないでくれ。とにかく君の才能が必要なのだ」
「わかったけど、妖怪じゃなかったら、深夜手当は倍にしてください」

 地下駐車場には、エンジンがかかっているグレーのミニバンがあった。
「合島君、今どこだ。遅いぞ」
冴場はハンズフリーのスマホで呼びかけていた。
「所長、ここにいますよ」
合島はスマホ片手に助手席に乗り込むとドアを閉めた。
「行くぞ」
冴場が言うと、合島は急いでシートベルトをしていた。
 ミニバンは地下駐車場から飛び出し、車がまばらな道路突っ走って行く。たまたま歩道を歩いていた酔っ払いが、車の風圧に髪をなびかせ、ミニバン貼られた『デジタル妖怪ラボ』のロゴを二度見していた。

 「暗号資産のマイニングをやっていたら、突然、画面が真っ暗になって、変な数字の羅列が始まって、ご覧のとおりです」
パソコンの不調を訴えてたきた木村は怪訝そうな顔をしていた。木村の部屋には何台ものパソコンが並んでいた。
「ちょっと手ごわそうな感じがしますが、我が社はウィルス除去実績、ナンバーワンを自負していますから、何とかしてみせます。ご安心ください」
「お宅たちは、ウィルスやバグをデジタル妖怪と洒落て銘打っているんでしょうが、マジに妖怪な気がしますよ」
「我々サイバー・セキュリティー業界も厳しいので、人目を引くキャッチフレーズが必要だったんですが…」
冴場は話をしながらノートパソコンのモニターを見ていた。合島も持参のノートパソコンで、監視を続けていた。
 「所長、信じられません…。また現れました」
合島はモニターを凝視し、画面上に現れる奇妙なパターンを確認していた。通常のデータの流れとは明らかに異なる、まるで生き物のように動くデジタル信号だった。
「やはり、こ、これはデジタル妖怪」
冴場が言うと、木村は目を丸くしていた。
「デジタル妖怪って、まじですか」
木村は声が裏返っていた。
「はい。かつて日本の古典妖怪が人々に恐怖をもたらしたように、現代ではデジタル妖怪に姿を変貌させ、ネットワーク上で同様の混乱を引き起こしているものです」
冴場の言葉にキツネにつままれたような顔をしている木村。冴場はデータ解析アプリを操作しながら、信号の出所を追跡するアルゴリズムを精密に調整していた。
「合島君、また例の信号を捕まえた。今度は前よりもはっきりしてるぞ」
「所長のノートパソコンに同期している、あたしの方でも確認できます」「どうしたものかな…」
冴場は対処方法に迷っていた。
「この信号パターンは、人の心拍数に似ています」
合島が言っていると、二人のモニター画面が激しく点滅し始めた。デジタル信号が急速に拡大し、画面全体を覆いつくした。その瞬間、部屋の照明が消え、木村のパソコン群が異常な音を立て始めた。
「これはまずい、緊急停止システムを起動しろ」
冴場が叫んだ。だが合島はすでに操作を始めていた。
「畜生、このデジタル妖怪が、我々を攻撃している」
突然、モニターに不気味な顔が浮かび上がった。それは、古代の妖怪のような姿をしており、口元には邪悪な笑みを浮かべていた。その場に居合わせた3人は息を呑んだ。
「私の名は『デジタル・シャドー』。デジタルの闇より生まれし者」
その声は、部屋全体に響き渡った。
「お前らの世界に、我々の存在を明確に知らしめる時が来た」
デジタル・シャドーはせせら笑っていた。
 「合島君、こいつが名乗ってくれたので対処が楽になった。シーケンス56で行こう」
「シーケンス56アルファを作動」
合島がうなづき、手早くキーボードを叩いた。
 モニター上にあった不気味な顔を瞬時にノイズに変わり、姿を消した。木村のパソコン群は、正常な作動音に戻っていた。
 木村は茫然とし、正常になったモニター画面を見つめていた。
「木村さん、もう大丈夫です。デジタル・シャドーは、現代のテクノロジー社会に適応した妖怪で、インターネットやデジタルデバイスに潜む存在です。通常は目に見えないのですが、デバイスの画面が突然暗くなったり、
異常なノイズが走ったりする時にその存在を感じることができます。今回のように、これほどはっきりとした姿を見るのは初めてでした」
冴場は水を得た魚のように滔々としゃべり出した。
「いつの間にうちのパソコンに忍び込んだのでしょうか」
「他のデジタル妖怪と同様にインターネットやデバイスに潜んだり、インターネット回線やWi-Fiの電波を通じて移動し、スマートフォン、コンピューターやタブレットなどに潜り込みます」
「あぁぁ、それで数字の羅列以外に、どんな悪さをするんですか」
「主に情報の吸収になります。この妖怪は人々のデジタル活動を監視し、メールやメッセージ、SNSの投稿などの情報を吸収し、その情報を使って、その人の秘密や弱みを把握して混乱を引き起こします」
「で、その妖怪は退治したのですか」
「退治というか…、捕獲は難しいのですが、嫌がる波長の電磁波と物理的なデバイスのリセットで、デジタル・シャドーを追い出すことができます。それで再び、忍び込まれないように嫌がる電磁波を発生させておきました」

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