大清西部劇 第六話 軍閥
●6.軍閥
林は、荷車を引いた馬の手綱を引いて歩き、手下二人は、荷車の横を歩いていた。オアシスにつながる一本道は、ほぼ真っ直ぐ伸びていた。灌木が僅かに生えているだけで、身を隠せる場所は一つもなかった。
「ここで、襲われたらひとたまりもありやせんぜ」
バンジルは怯えたような目をしていた。口数の少ない手下は、黙々と歩いていた。
「オアシスの住民も見ている事だから、卑怯な真似はしないだろう。もしもの際は返り討ちに合わせてやるぜ」
林は荷車の方を見ていた。
オアシスの入口付近の住人は、林たちの姿を見ると、戸をぴしゃりと閉めていた。林の懐中時計は11時50分を指していた。ゆっくりとオアシス町の中を歩いていく林たち。道筋の住人たちは、何かをささやきながら、見ていた。
ロシア正教会の尖塔の前の広場には、処刑見物のオアシス住民が集まっていた。広場の中央に建てられた絞首台には手足を縛られた石、アフメット、手下3人が首に縄を掛けられて立たされていた。ニヤゾフ軍閥の男たち5人が、小銃を手にして周囲に目を光らせていた。
「絞首台の周りに5人か。なんとかなるぞ」
林が絞首台の石とアフメットを見ると不敵な笑みを浮かべていた。手下たちはかなり怯えていた。
「旦那、尖塔に二人いますぜ」
バンジルが斜め上を見て目を細めていた。
「あの髭の男も」
口数の少ない手下がぼそりと言っていた。林がそちらに視線を向けると、ニヤゾフ軍閥の長らしき男が教会二階の窓から外を眺めていた。
「貴様たちが、来るのを首を長くして待っておったぞ」
髭の男が静かに言った。
「カネはそれか。イスマイ家に持っていけなくて残念だな」
髭の男は高笑いしていた。ニヤゾフ軍閥の男たちが荷車を検めようとする。
「待ちな。カネと石たちの交換は同時だ。もっと絞首台のそばに行ってからだ」
林は睨みながら言っていた。林たちは絞首台の階段の近くまで来ると荷車を止めた。
「貴様、のろのろとしているが、まもなく処刑の正午だぞ。カネを見せろ。俺の時計だと残り1分以内だな」
髭の男は懐中時計を見てニンマリしていた。
「そうかい。俺の時計だと12時ピッタリだ」
林は、拳銃を抜き、石、アフメット、手下3人の首に掛かっている縄を次々に撃ち抜いていく。石は絞首台の床に落ちた。あわてて処刑執行人が絞首台の床を開いたので、石たちはさらに下に落ち、地面に転がった。林は、続けて絞首台の周りの5人をズボンに隠した拳銃で倒して行った。髭の男は、教会の奥に姿を消していた。荷車の横にいたバンジルたちはボロ布をはぎ取り、中から拳銃や小銃を取り出し、石たちの縄をほどき渡していた。
林はダイナマイトに火を付けて教会の方に投げた。爆発とともに人が宙に舞っていた。銃撃戦が始まり、見物人たちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。石たちは絞首台の影から周囲の軍閥の男たちに向けて発砲していた。アフメットのすぐ近くに弾丸が飛んできていた。撃ったの尖塔の上の男であった。林はそいつに狙いを付けると、ためらいなく撃つ。男を尖塔から落ちて地面に激突していた。ついでにもう一人尖塔にいた男も撃ち、男は悲鳴を上げて落下していった。
林が教会にダイナマイトを投げ、教会の入口付近から撃って来る男たちを一掃した。騎馬隊が教会の裏手から飛び出してきた。石たちは馬を狙って撃ち、落馬したところをさらに撃っていた。町中では、思いように動けない騎馬隊は、数を減らして行った。それでも散発的に銃声がオアシス内に響いていた。
陽動作戦に出た林は、馬に跨り振り向きざまに発砲しながら、小さな路地に入っていく。
「馬鹿め、そこは袋小路だ」
含み笑いをした騎馬隊の男が叫んでいた。林は行き止まりの手前で馬から飛び降り、馬を家の柱の陰に追いやっていた。
「そうかな」
林は手にしたダイナマイトに火をつける。騎馬隊は方向転換して後ろに戻ろうとするが、狭くて苦労していた。
「よせ、やめろ」
騎馬隊の男は悲鳴にも似た声を上げていた。林は、その男の方にダイナマイトを投げつける。凄まじい爆発音がして、騎馬隊の男たち3人が馬と共に血まみれの肉片になっていた。林はマントで返り血を拭ってから、再び馬に跨った。
教会を占拠した石たちに合流する林。教会の2階から外を垣間見ていた。
「とりあえず助ける約束は守ったぜ」
林は次に備えて拳銃に弾を込めていた。
「教会は乗っ取っても、このオアシスから抜け出せないか」
石は、オアシスのはずれにある騎馬隊の隊舎を眺めていた。
「…敵将を叩いて、跡目争いを誘発させて揉めさせるのはどうだ」
林は閃いたままを口にしていた。
「あの髭の男をやるのか。やれたとしても上手くいくかな」
石は懐疑的であった。
「髭野郎は、俺らを捕まえた後は、あの赤い屋根の家に頻繁に出入りしていたな」
アフメットは。首筋の縄跡をさすっていた。
「でも、今は隊舎の方にいるだろう」
と石。
「そうですかい、隊長、あっしは赤い屋根の方でないかと」
「どっちだか、わからないな。それじゃ今度はこっちが手紙を叩きつけてやるか。それと髭の男の側近か、副長のような奴はいるか」
林は考えを巡らせていた。
「よくわからないが、炊事係の女が詳しそうだった。いろいろと色気を振りまいて誘惑していたからな」
「隊長は、捕まっている間にも、女を見てたんですかい」
「まぁ、そんなところだ」
「それじゃ、その女に3通の手紙を託すか」
林は3通それぞれの文面を考えていた。
3通の手紙の文面を石に見せる林。
『軍閥長あて。オアシスの住民のことを考えたら、これ以上戦う必要はないだろう。和睦を申し出る。明日正午、広場へ来い』
『副長あて。勇猛果敢なあんたが指揮を取る器だ。今がチャンスだ。手を貸してやる。明日正午、広場へ来い』
『兵長あて。現在の地位に甘んじることはない。手を貸してやるから、あんたが長になれ。明日正午、広場へ来い』
「これでどうだろう」
「うむ。上手く引っかかってくれるかな。とにかく炊事係の女に頼んでみるか」
「石隊長、その女の家はどこなんだ」
林は窓から外の様子を注意深く見ていた。
「あの角の先にある家だ。壊れてないから中にいるだろう。女のガキがその辺にいるから渡すように頼む」
石は窓の外を指さしていた。
翌日、正午になっても教会の前の広場には誰も現れなかった。10分ぐらい過ぎたころ、かなりの駒音が響いてきた。林が窓の外を見ると、騎馬隊が隊列を組んで広場にやってきた。騎馬隊の後ろには、大砲を引いた男たちがいた。
「和睦だと、笑わせるな。それにお前らが教会にいても、大砲は打ち込むつもりだ。大人しく出てこい。晒しものにして処刑してやる」
髭の男は高笑いをしていた。
「林、手紙の効果は全然なかったな。どうする次の手は考えているのだよな」
石は目をぎょろつかせていた。
「いや、考えてなかった」
「林、バカ野郎、処刑されるぞ」
アフメットは声を荒げていた。
「石隊長、副長と兵長は、どれだ」
「…、右の隊列の先頭にいるのが副長、左の隊列の先頭にいるのが兵長だと思う」
「だと思う…。確証はないのか」
林はちょっと拍子抜けしていた。
「炊事係の女と、イチャイチャしていたのあの二人だ」
「脅かすなよ、それでホッとしたぜ。すると真ん中の隊列が軍閥長直属ってわけか」
林は、副長と兵長の様子を注視していた。
「おーい、巡察隊長さんとやら、しょん便でも漏らしたか」
髭の男はバカにした口調であった。
「返事がないなら、そうだな、俺が十数え終えたら、大砲をぶち込むか」
髭の男が言うと、後ろにあった大砲が前に出てきた。
「奴が五を数えたら、一斉に真ん中の隊列に弾をぶち込むんだ」
林は、石、アフメット、手下たちに言った。
「3、4」
髭の男の耳障りなカウントダウンの声がしていた。
「5、」
林たちは教会の窓から、真ん中の隊列に向かって、やたらに撃ちまくった。銃声が重なり、騎馬が倒れたり、落馬する者たちが砂煙を上げていた。
騎馬隊も応戦し始める。隊列の真ん中辺りが、割れた感じになり馬と人の死体が散らばっていた。そのうち、両脇の隊列の男たちは、真ん中の隊列に発砲し始めた。
「なんか、ツキが回ってきたようだぜ」
林は拳銃の弾丸を込めながらニヤリとしていた。
「副長と兵長、どっちが勝つかな」
石は撃つの止めて、様子を見ていた。
「あっしは、兵長の方だな」
アフメットは賭けをしたそうな目をしていた。
しばらく様子を見ている林たち。副長側と兵長側は、互いに通りを隔てて散発的に撃ちあっていた。そのうち、副長側が優勢になり始めた。兵長側からの発砲が減ってきたように見えた。その上、髭の男が腰に指していた剣を手にして、新たな軍閥長は自分だと副長は叫んでいた。
「こりゃ、兵長側の旗色が悪りぃな」
アフメットは不服そうであった。
「それじゃ、こうしてやるか」
銃声と共に剣が地面に落ちる金属音がした。林は副長が手にしていた剣の柄を撃って、剣を払い落していた。副長は、わけがわからないと言った表情を浮かべていた。
「俺も、兵長側に加勢するか」
石は、副長側の男たちに向かって発砲し始めた。
これによって、兵長側が勢いづいてきた。今度は副長側の発砲が減って来た。軍閥の跡目争いにより、軍閥そのものの兵力は当初の4分の1ぐらいまでになっていた。
兵長側は、これでは弱体化すると悟り、副長を倒した者は、我が方の仲間として受け入れると言い出し、投降を呼びかけていた。
「あの兵長とやらは、多少頭が回るようだな。奴なら、我々と話ができそうだ」
林は拳銃の撃鉄を元に戻していた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?