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デジタル妖怪ラボ 第二話 多様な妖怪

 「サイバヌキは、伝統的なタヌキの姿をベースにしていますが、デジタル化された外見を持ち、毛皮はピクセル状に変化し、目はLEDライトのように光っています。体の一部には回路基板のような模様が浮かび上がり、尻尾はデータケーブルのように見えたりもします」
冴場は自ら描いたサイバヌキのイラストをカメラに見せていた。
 「サイバヌキは、他のデジタル妖怪同様にインターネットやデジタルデバイスに潜むことができ、ネットワークを通じて自由に移動し、人々のデジタル情報を操作します。具体的には重要なデータを別の形式に変換したり、隠したりすることで情報を盗むことなく持ち去ります。またデバイスの画面に幻影を表示し、人々を混乱させたり騙したりもします。さらに独特なのが他人のオンラインアカウントに憑依し、その人物のふりをしてコミュニケーションを行う点です」
冴場が照明をちょっと眩しそうに見たので、合島は照度を調整していた。
 「このサイバヌキは、かつてのタヌキの妖怪が現代のテクノロジーと融合した存在とされ、人を化かすことを好んでいたタヌキが、デジタル世界でもその本性を発揮しているわけです。彼らの動機は主に好奇心といたずら心であり、人々を混乱させたり、驚かせたりすることを楽しんでいます」
冴場は一息置いて、ペットボトルの緑茶を飲んでいた。
「ここで、フォロワーからコメントをご紹介します。この妖怪は、悪意度が低いものなのでペット的に飼ったり接することはできるのでしょうか。あぁ、サイサイバァ21さんのご質問にお答えしますと、アナログ回帰していれば問題はないのですが、今の世の中、そんなことは難しいでしょう。ペットとしてはお薦めできません。アカウントの乗っ取りには注意が必要ですし、見た目にごまかされないようにしてください」
冴場の目線に入るように合島がストップウォッチを見せていた。
 「それでこの妖怪の弱点は、強力なファイアウォールや最新のセキュリティソフトウェア。または古いアナログ技術やデバイスには干渉できないため、重要な情報は紙に書き留め保管することで対処できます。さらに彼らは強い光や音に敏感で、突然のフラッシュや高音で一時的に混乱したりします」
冴場は若干早口になっていた。

 「これで本日の妖怪談話は終了いたします。ではまた次回お会いしましょう」
画面上の冴場が言うと『チャンネル登録をお願いします』のテロップが流れていた。
 合島が照明のスイッチをオフにすると部屋は普通の明るさになった。
「合島君、今日の収録はどうだった。フォロワーが増えそうか」
「どうでしょう。しかし所長が描いたサイバヌキはキュートだから、うちのラボのアイコンやロゴ・キャラクターに使えそうじゃないですか」
「そうかな、デジタル妖怪だぞ。それにだ。我々の表向きの仕事はサイバー・セキュリティー会社だから相応しくないと思う」
「それはそうと、今月の収支は、ギリ儲けが出ている感じですけど」
「そうか。とにかく経理の方もよろしく頼む。合島君が頼りだからな」
「またいつものおだてですか。でもおだてに弱いのよね、あたしは」
合島はニヤニヤしていた。
 「それじゃ、撮影器具を片付けて、一息入れるか」
「所長、ぢょうど3時だから、おやつタイムね。あたし、コンビニ・スイーツでも買って来るわ」
「俺は、極上シュークリームを頼む」
「それじゃ、あたしの個人経費じゃないから、会社の経費になるわね」
「おいおい、まぁそういうことになるか。…あぁモニターが何か知らせている」
冴場は見たことがない配列の不穏なデータに目を奪われていた。隣の部屋のある大型モニターには、異常なパターンが次々と表示されている。
「一体何なんだ?」
冴場は眉をひそめ、さらにデータを精査し始めた。
「所長、おやつはどうします」
「それどころじゃない。おやつは後回しだ。これは、どう見ても日本の妖怪や海外の精霊やモンスターなどにル
ーツを持たない新種のデジタル妖怪だぞ」
「そうですか」
合島は不満そうにしていた。
「今日のディナーは弾むから解析を手伝ってくれ。君は優秀な助手だからな」
「はいはい。わかりました」
合島は冴場と共に隣室に行き、各自のパソコンの前に座った。

 「このデジタル・データの発信源は特定できませんが、衛星経由のようです」
合島はキーボードを素早く操作していた。
 二人が信号をより詳細に解析し始めると、大型モニターに謎の文字列が浮かび上がった。
「所長、ルーン文字でしょうか」
「…違うなぁ、まだ我々が知らない未知の言語かもしれないが…」
突然、部屋の照明が暗くなり、コンピュータが異常な音を立て始めた。
「何だ」
冴場と合島は顔を見合わせていた。
「デジタル信号がラボのシステムに干渉しているみたいです…」
「そんなことはあり得ないのだが…。合島君、シーケンス・シーターで回避できるか」
「反応ありません」
次の瞬間、大型モニターに巨大な宇宙船の映像が映し出された。その宇宙船は、まるで生き物のように脈打ち、地球上空で静かに浮かんでいた。突如、映像が切り替わり異星人の姿が現れた。それは冷酷な目を持つヒューマノイド・エイリアンで鋭い声で話し始めた。
「我々は『ゾルタクス』。我々の目的は地球人に恐怖を与え、情報を抜き取り征服することだ」
その声は、直接脳に響くような不気味さを持っていた。
 「ついにエイリアンが侵略してきたのかしら」
「いや、現実にエイリアンの侵略などあり得ない。これはたぶん、バーチャライザーかスクリーン・フェイカーの変異種の可能性が高い」
「どうしますか」
「やっぱりそうか。軌道上に何も存在しない」
冴場はNASAとJAXAの軌道画像をチェックしていた。
「くだらん、フェイクな戯言が言えないように、こいつが使っている衛星回線を遮断しよう」
「はい」
「ついでに、ウィルス・キャンセラーも送り込んでやれ」
冴場が言ったと同時に合島の指がキーボードを叩くと、ゾルタクスは散り散りになって画面から消え、背景にあった巨大な宇宙船も姿を消した。

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