岩佐東一郎『随筆くりくり坊主』を頂戴した。これは嬉しいいただきもの。感謝です。あちらこちら拾い読みしているうちに全部に目を通してしまった。面白い。先に紹介した高橋輝次『戦前モダニズム出版社探検』にも登場しており、読んでみたいなと思っていたところだった。
岩佐の三冊目の随筆集で昭和十四年から十六年までの三年間に発表したエッセイから選ばれており、戦時下の世相を反映している部分も興味深いが、やはり古本に関する話題が多いのがたまらなく良い。
例えば「本好きの巡査」。高橋竹松さんという大森署山王交番勤務の巡査の話である。ある日突然、官服帯剣の警官が訪ねてきてビビったところ、新井宿の古本屋汲古堂から噂を聞いて訪問したということで一安心し、話し込み親しくなった。その後、招かれてその高橋さんの家を訪ねた。大変な蔵書だった。
さらに「夜店談義」の古本屋のくだり。銀座の夜店に出ている古本屋について簡明で要を得た情報が含まれている。
奥村書店は演劇専門の古書店として今世紀初めまで銀座で営業していた。かつて小生も何度かのぞいたことがある。大正十二年頃に銀座五丁目の夜店から始めたというが、岩佐の言う《千疋屋前》というのがそれに当たるか。昭和二十六年に露天禁止となり実店舗を建てたという。系列の店もあった。
銀のキャラバン 銀座の古本屋・奥村書店
https://plaza.rakuten.co.jp/speakman/diary/200810300000/
山崎老人については安藤更生もその名を挙げて讃えている。
安藤更生『銀座細見』 銀座の夜店
https://sumus2013.exblog.jp/32747411/
もうひとつ、「兵隊の古本屋」というのも興味深い。
南昌堂は値段を言わずに置いて行ったのだが、だいたい3円か5円か10円だろうと予想した。翌日、南昌堂が来て5円だと言った。《適中価格と云ふところかな》と結んでいる。昭和十五年頃の5円はおおよそ現在の15,000円程度だろうと思う(当時コーヒー15銭から3000倍と計算)。このレベルのスクラップブック二冊の値段としては安いに違いない。
その他、『文藝汎論』や『ドノゴトンカ』など雑誌経営の実際を回顧した部分、あるいは、城左門や十和田操、岡崎清一郎らとの交友を描いた人物篇も興趣が尽きない。