一朝ハコスモスの中羽生えて孵る風ふく
河東碧梧桐の軸か、せめて短冊がひとつ欲しいのだが、なかなか思うようには手に入らない。むろん出すものを出せば、そう難しい話ではないことは解っている。そこをなんとかしようというところに妙味がある……と勝手に思い込んでいるだけなのだが。
本書の制作者である画家の戸田勝久氏は正統派である。長年にわたって碧梧桐を蒐集し、ついに辿り着いた、極めて稀有な逸品が『碧梧桐百句選』。それをフルカラーでわれわれも鑑賞できる、なんとも素晴らしい一冊になっている。碧梧桐ファン必携。巻頭の説明文を引いておく。
大正14年の30円はいくらぐらいか? コーヒーがだいたい10銭だった。現在、コーヒーが500円とするなら、5000倍になっている。当時の30円は今日の15万円、少なくとも十数万円の価値にはなるだろう。なお、夫人は青木月斗の妹・茂枝で、明治33年(1900)に結婚(たしかに銀婚である)。新興俳句から自由律俳句を牽引してきた碧梧桐のエッセンスが詰まった百句。目についたものを二十ほど抜き出してみた。
山を出て雪のなき一筋の汽車にて歸る
櫻咲き初めし下の人の寄る中にゐる
麦笛こしらへる夕べの谺
垣根に捨てられた犬の田乃畔を走る朝
鮎をきゝに一走り小女の崖下りてゆく
峠にかゝる茶屋に寝ころへバ雞ハ木にゐる
鉢の菊草生えてゐるまゝに置きぬ
いつもの坐る場処にすわつて蚊を追うてゐる
雛かざる朝に渚をあるき貝拾ふ
けふ見ぬ早乙女の笠竈の上に
ユウカリの葉裏吹く風の花捨てに出る
晝からも蝉の殻とつて縁にならべる
里に出る麦のそよぎゐる赤子泣くこゑ
大根を煮た夕飯の子供達の中に居る
一朝ハコスモスの中羽生えて孵る風ふく
一軒家もすぎ落葉する風のまゝにゆく
西瓜船の著く時分町の日かげをたどりて行ぬ
洗ひ物を出しそろへて山からの霧雨の来る
数ある中から選りて綿入のこの縞の外はなき
todap54 戸田勝久インスタグラム
https://www.instagram.com/todap54/