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一朝ハコスモスの中羽生えて孵る風ふく
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河東碧梧桐の軸か、せめて短冊がひとつ欲しいのだが、なかなか思うようには手に入らない。むろん出すものを出せば、そう難しい話ではないことは解っている。そこをなんとかしようというところに妙味がある……と勝手に思い込んでいるだけなのだが。
愛媛県松山市に松山藩士の五男として生まれる。父は正岡子規の漢学の師。高浜虚子とは中学時に同級であり、後に子規の門下生となるまで、行動をともにした仲の良い友人であった。
子規没後、虚子は「ホトトギス」の経営を、碧梧桐は新聞「日本」の俳句欄を担当。やがて新傾向運動を展開し、季題趣味と定型を打ち破った自由なリズムによる俳句を推進した。1906年から3年間の全国行脚で多くの賛同者を得たが、大正期に至って、虚子が俳壇に復帰し、守旧派の立場から激しい攻撃を浴びせた。新傾向の俳句はしだいに衰微していった。
本書の制作者である画家の戸田勝久氏は正統派である。長年にわたって碧梧桐を蒐集し、ついに辿り着いた、極めて稀有な逸品が『碧梧桐百句選』。それをフルカラーでわれわれも鑑賞できる、なんとも素晴らしい一冊になっている。碧梧桐ファン必携。巻頭の説明文を引いておく。
大正十四年十月十七日小石川植物園にて催された碧梧桐銀婚祝賀会の席上で『碧梧桐百句選』の百部の揮毫が発表され一部三十円にて募集された。楮紙に書かれ未綴じ共箱入りで合計百十部を約二年かけて書いたと言われている。本書はそのうちの一冊で、大正十五年十月に揮毫したものを全ページ撮影しまとめてある。
大正14年の30円はいくらぐらいか? コーヒーがだいたい10銭だった。現在、コーヒーが500円とするなら、5000倍になっている。当時の30円は今日の15万円、少なくとも十数万円の価値にはなるだろう。なお、夫人は青木月斗の妹・茂枝で、明治33年(1900)に結婚(たしかに銀婚である)。新興俳句から自由律俳句を牽引してきた碧梧桐のエッセンスが詰まった百句。目についたものを二十ほど抜き出してみた。
山を出て雪のなき一筋の汽車にて歸る
櫻咲き初めし下の人の寄る中にゐる
麦笛こしらへる夕べの谺
垣根に捨てられた犬の田乃畔を走る朝
鮎をきゝに一走り小女の崖下りてゆく
峠にかゝる茶屋に寝ころへバ雞ハ木にゐる
鉢の菊草生えてゐるまゝに置きぬ
いつもの坐る場処にすわつて蚊を追うてゐる
雛かざる朝に渚をあるき貝拾ふ
けふ見ぬ早乙女の笠竈の上に
ユウカリの葉裏吹く風の花捨てに出る
晝からも蝉の殻とつて縁にならべる
里に出る麦のそよぎゐる赤子泣くこゑ
大根を煮た夕飯の子供達の中に居る
一朝ハコスモスの中羽生えて孵る風ふく
一軒家もすぎ落葉する風のまゝにゆく
西瓜船の著く時分町の日かげをたどりて行ぬ
洗ひ物を出しそろへて山からの霧雨の来る
数ある中から選りて綿入のこの縞の外はなき
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1933年(昭和8年)3月25日、還暦祝賀会の席上で俳壇からの引退を表明した。1937年(昭和12年)1月、腸チフスを患い豊多摩病院に入院、更に敗血症を併発。1月31日には症状が悪化し細谷雄太や文壇で対立していた高浜虚子も見舞いに駆け付けた。2月1日には郷里の松山市から姉が駆け付け、最後の対面をすると間もなく死去。戒名は正岡子規の例にならって碧梧桐居士とされた。墓所は父母が眠る松山市の宝塔寺及び東京都台東区の梅林寺に分骨されている。
todap54 戸田勝久インスタグラム
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