うれしくもふみの林に分け入てむかしの人にあひにける哉
久しぶりに訪れたある古本屋。いつものように安い紙物の詰まっている箱を物色していると、店の固定電話が鳴った。主人が受話器を取って話し始めた。
「もしもし、いつもありがとうございます。はい、◯◯番ですね、ちょっとお待ちください・・・在庫しておりました」
というような会話である。この店の目録が発行されて、そこから注文が入ったようなのだ。
小生もここの目録はもらっている。シンプルな文字だけの目録ながら、幕末から明治、戦前昭和あたりまでの、珍しい文献が、割り合いとお手軽な値段で出品されている、おろそかにできない目録なのである。ただし、そのため、これぞという本については、即座に注文しなければならない。早い者勝ち。主人の話だと、毎号、注文殺到になるタイトルがいくつかあるのだそうだ。
今回の目録も、当然、わが家にも届くはずなのだ。が、出かけるときにはまだポストにその影はなかった。同じ市内でも配達時間はかなり変わる。最近は普通郵便がスローになっていることもある。
注文の電話を切った主人が発送の用意を済ませたころに「目録、出たんですね?」と問いかけてみる。「え? まだ届いてませんでしたか、今年初めて、やっと出しました」。これまではだいたい二ヶ月に一度のペースで出ていたのだが、たしかに、しばらく滞っていた。
むろん、その場で一冊もらって立ったままザザーーッとチェック。そこから選んだのが本書である。案外珍しいような気がした。もう売れてしまっているかと思ったが、まだ誰も注文していなかったらしく無事入手。
帰宅していろいろ検索してみたところ、そこそこの希書のようである。これは自宅で目録を受け取っていたら、のんびり構えてしまって、買えなかったかもしれない。ラッキーというべきか。
宜野湾朝保あるいは宜湾朝保は以下のような人物である。
例によって書物を詠んだ歌をいくつか抜き出してみる。旧漢字は改めた。
披書知古
うれしくもふみの林に分け入てむかしの人にあひにける哉
よさの海の天橋立ふミみれは神のみあとハ今も残れり
飛鳥のふみ残したる跡は我むかしにかよふつはさ也けり
書机
ふみ分てつくゑの島を来て見れは昔の人のすみか也けり
文机の上こす峯はなかりけりあたし国への果も見えつゝ
師の八田知紀と八田の師匠である香川景樹に寄せた歌もある。
八田翁の七十賀に寄桃祝
わかやとの桃の花さへ君かへん千世の林となりにける哉
香川大人の画像
君なくハ下す筏士いかにして本の道にハこきかへるへき
さやかにも紀の遠山の見ゆる哉君かひらきしみちの光に
香川翁の忌に寄藤懐旧
いにしへをしのふ涙の雫さへひまなくかゝる藤浪のはな
なき跡の松に懸りて藤の花残るやおのかみさをなるらん
上記のようにコトバンクは《沖縄県の設置(1879)をみぬまま失意のうちに悶死した》と断じているが、本書の略伝には次のように書かれている。書画を友としてのんびり暮らした……内心はどうだったか分からないにしても。
定めなき事はかりして中々に夢ハなきよのこゝち社すれ
沖縄もこのとき独立していれば(可能性はあった?)、その後の歴史はすっかり変わったに違いない。最後に編者の護得久朝置(ごえく・ちょうち)について引いておく。