捕われのセルバンテス
『バルバリア海賊盛衰記』を古書店の店頭でパラパラッとめくっていると、スレイマンという名前が目につきました。スレイマン一世(在位:1520年 - 1566年)といえばトルコのTVドラマ「オスマン帝国外伝 ~愛と欲望のハレム~」《オスマン帝国を46年もの長きにわたり統治し、最盛期に導いた“The Magnificent”第10代皇帝スレイマン。その栄華に彩られた宮廷ハレムを舞台に、寵妃ヒュッレムを中心とした女性たちの、熾烈な権力争いとロマンスを、圧倒的映像美と壮大なスケールで描いた超大作》の中心人物です。歴史に基づくこのドラマでも海賊がしばしば登場しいていたのを思い出しました。
ですが、買って帰ろうと決めたのは「訳者あとがき」のこの記述を読んだからでした。
オリエンタリアという書店は
ORIENTALIA BOOKSHOP. HE. 12 th Street. New York
ステクナー・ハフナーは
Stechert-Hafner, Inc. 31 East 10th Street New York
だろうと思われます。
バルバリア(バーバリー、ベルベリア)というのは現在のチュニジアやアルジェリアなどベルベル(バルバル)族の本拠だった地中海南岸地方のことです。地中海各地を荒らしまわった海賊たちの根城があったのです。スレイマンに愛され皇帝妃にまでなったヒュッレムはハンガリーから連れてこられた奴隷だったように、海賊たちはヨーロッパ各地から子どもたちを誘拐してきて手下に仕立て上げたと言います。奴隷でも気骨のある者は親分にまで成り上がることもありました。
本文中でもっとも興味を惹かれたのは、あのミゲル・デ・セルバンテスがアルジェで五年間もの捕虜生活を送っていたということでした。
しかし身代金はなかなか来ませんでした。二年たってやっと父親から保釈金がとどいたものの、金額が少ないということで弟のロドリーゴだけが釈放され、ミゲルはとどめ置かれたそうです。何度も脱走を繰り返しましたが、ことごとく失敗します。しかし決して仲間を売ったりはしなかったそうで、それによって海賊からも見込まれるほどでした。立派な騎士道精神の持ち主だったとのこと。
アルジェにおけるセルバンテスの事蹟は、1612年にバラドリドで刊行された Diego de Haedo の『アルジェの地誌と全史』が根本資料で、その著者はセルバンテスを直接知っていて《セルバンテスの男気と忍耐、その善良な気質や我執のない献身さなどを一から十まで情熱と愛情とをもって語っている》(p237)そうです。そんなセルバンテスからドン・キホーテの物語がつむぎだされるのですから面白いものです。