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一青年の告白
ジョウヂ・ムウア『一青年の告白』(辻潤訳、改造文庫、昭和4年11月20日)が某書店の百円コーナーに出ていたのでありがたく。意外と珍しい本だと思います。
まだ読み始めたばかりで、内容には触れられませんが、序文の後にある辻潤がジョージ・ムーアについて解説した「ある日の文学問答」が例によって辻節とでもいうのか、たいへん面白いので、とくに書物に関する記述をかいつまんで紹介しておきます。大正時代のインテリがどうやって外国の書物に接していたのかがよく分かります。
AとBとが東京郊外の四畳半の部屋でねころびながら話しています。部屋にはタバコの煙がもうもう。部屋は書斎というにはあまりにも貧弱で、簡単な机と汚い字引のような本と四、五冊の本が転がっているだけです。それは辻潤の部屋そのままのようです。
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Bが《近頃君は一向新しい書物を買はないやうだがーーよくあきずに同じやうな本をひねくつれゐられるねーーもういい加減ジヨゥヂ、ムウアは卒業したらいいぢやないか?》といえばAは《僕は昔から好きな本だと何遍もそれを繰り返し読む癖があるのだーー繰り返して面白くないやうな書物は僕には縁がないよ。》と答えます。
Aがどこでジョージュ・ムーアを知ったのか。
何処だつたか忘れたが、ーー恐らく本屋の店頭かも知れないーーフト"Confessions of a Young Man"を見たのが、なんの気なしにそれを開いて見ると中に巴里の生活が描かれてゐるばかりか、僕の耳にこびりついてゐるデカダンスの詩人達の名前を発見したので、思はず興味を刺激されたのだが、ーー勿論ジヨゥヂムウアに就ては全然無智な上に、いづれ三流四流どころの作家だらう位に考へてゐたーーそしてその時はそのまま買はずにしまつたのだが、ーーそれから度々その書物のことを思ひ出して、あの時買つて置けばよかつたなどと考へて見る時があつた
そしてR社のS女史が九段の大橋図書館に外国の本を取り寄せてもらうときに、ついでに四、五冊頼みました。そうしているうちに古本で見つけて買ったのだそうです。しかし当時はジョージ・ムーアの本を探すのはかなり骨が折れたと言います。岩野泡鳴の書斎で一冊見かけたくらいで、最近では(というのは1921年頃)丸善に何冊か入っていたとか。
A、[中略]僕は幸ひ、"Tauchnitz Edition"のを読んだのだが、ーーさう云へば戦争以来、獨逸の本がパツタリ来なくなつたのであの安い本を一向手に入れることが出来なくなつたのには困る。ーー
B、それでも近頃はボツボツ来てゐさうなものぢやないか。
A、少しは来てゐるらしい、ーー実は一寸こないだ神田の「ガイゼル」を覗いて見たのだがヘルンやスティヴンソンのものばかりなのでガツカリした。例の「芥龍」先生がこないだ紹介してゐた Ambrose Bierce など云ふ作家のものもチヤントあの Edition に入つてゐるからねーー
B、さうかね、ーーあの叢書には一向耳にしたことのないやうな作家のものばかりが沢山あるやうだが、ーー中にはキツト面白い連中がゐるにちがひないーーなにしろ安いのはありがたい、君の持つてゐるのはたしか"Vale"だツけね、まだ持つてゐるかね?
A、持つてゐるかねは驚いたねーーあんな本は売つたところでセイゼイ二三十銭位になるかならないかだーー実際日本の本の高いには呆れてしまふ。
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"Vale" はジョージ・ムーアのアイルランドを舞台にした三部作のひとつのタイトルのようです。
B、一体、今、幾歳位なのかね?
A、さうさ、なんでも一八五七年に生れたのだからーー左様、六十四五ぢやないかと思ふーーしかし相変らず、創作は続けてゐるやうだ、去年、僕が京阪を放浪してゐる時に、偶々中の島の図書館に来てゐた最近の"Atlantic Monthly"を覗いて見たら、計らず、ムウアが"Heloice and Abelard"と云ふ小説を書き始めてゐることを知つた、
ウィキペディアによりますとジョージ・ムーアの生没年月日は「1852年2月24日 - 1933年1月21日」です。放浪していても中之島図書館(開館1904)はちゃんとのぞくんですね。なお正しいタイトルは「Heloise and Abelard」(1926)です。
いずれにせよ、本文を読むのが楽しみになってきました。また読了したら感想など書きたいと思います。