私、マッチというものを買ったことがありません
風間完の表紙画がさわやかな『風景』。ちゃんとした古本屋で買うと意外にいい値がついています。これは一箱ふるほん狂言屋さんの古書柳さんの棚から。『風景』という雑誌がどういうものかは、かなり前、ブログに書きましたのでリンクしておきます。紀伊國屋の田辺茂一が資金を提供して舟橋聖一が取り仕切っていたようです。
『風景』終刊号(悠々会、一九七六年四月一日)
https://sumus.exblog.jp/8080410/
本誌にもなかなかの書き手が揃っています。目次を見て、おお、と思ったのは岡田睦の名前です。先年、『岡田睦作品集』(宮内書房、二〇二一年)が刊行されて、かなり話題になりました。この本はたいへん面白く読ませてもらいました。
『岡田睦作品集』(宮内書房、二〇二一年)
https://sumus2013.exblog.jp/32511133/
岡田睦は「おかだむつみ」が正しいようです。本誌に載るのは「にせもの」という短篇小説。新宿南口の路地裏にある行きつけの飲み屋(マッチにはスナックとある)での情景です。自分によく似た客がいるとママに言われて、どんな奴だろうといろいろ想像をたくましくしていると、その当人が入ってきます。
こんな調子で酒席での馬鹿話がつづき、そこへフウちゃんという色っぽい女性がやって来て、これで話が少し転がりはじめます。ただし、そっちの方まで似ているのかというような妄想で「私」はやりきれなくなって、店を後にする……
というような、シュールな風味もある、不思議な作品です。もうひとつ、マッチについての記述が気になったのでメモしておきましょう。
マッチといえば、かつては、飲み屋や喫茶店はもちろん、たいていの店が名前入りのマッチをあつらえていました。先日、ある古本屋さんがマッチを作ったというので、禁煙時代のいまどき珍しいなあと驚いたものです。
「紙ものを扱う古本屋がマッチというのは、あれなんですけど」
店主が遠慮がちに差し出しましたのでありがたく頂戴しました。帰宅して箱を引き出してみますと、おみくじのような小さな紙が折りたたまれて入っていました。こう書かれています。
「大海に出る時が来たようですよ。」
古本の内海でアップアップしている者にとっては意味深長ですね。