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丸く扁く、そして前後が鋭く尖っている、一寸大きなまぐろのような件の怪物は、月形家の裏庭から真一文字に中空遙かに舞い上った

石松夢人『月世界旅行』(盛林堂ミステリアス文庫、2024年7月29日)

毎度ながら盛林堂ミステリアス文庫はウラルトラ稀覯本を復刊してくれる。本書の原本は、篠原亮氏の解説によれば、大正六年に三盟舎書店から少年世界文庫の一冊として刊行されたものである。

主人公の雲井太郎さんと月形行雄さんの二人が月世界を漫遊する一五〇ページほどのごく短い作品ですが、宇宙の不思議や月世界の奇観などを子どもにもわかりやすい平易な表現で伝えており、SFであると同時に科学啓蒙小説であるとも言えるでしょう。

p111

著者の石松夢人についての詳細は不明。大分県別府市で著述業をしており、新聞記者や女学校教師などの職についたこともあったらしい。浪曲に関する著作もある。黒岩涙香の影響下にあったのだろうとも。

絶滅した都市の遺骸を見つけたりするのも面白いが、噴火口から地底へ向かって下降して行き、ついに水と空気とのある場所までたどり着き、そして生物に遭遇する、ここがいちばん盛り上がる場面だろう。それにしても、なんとも不気味で、子供向けにしてはちょっと怖すぎる。よって、そのへんは引用しないで、彼らのスマートな飛行船を描写した最初の方のくだりを引いておこう。

 長さは凡そ十五間、幅は約三間半、厚さ三間足らずの銀白色で、丸く扁く、そして前後が鋭く尖っている、一寸大きなまぐろのような件の怪物は、月形家の裏庭から真一文字に中空遙かに舞い上った、まぐろの尻尾とも見るべき後部の尖端には、妙に組み合わせられた二個の推進器が附いている、怪物は疑いもなく一種の航空艇である、艇の甲板とも見る可き場所は八間ほどの円い硝子天井になっていて、船底とも云うべき部分にも同じく硝子底が円く光っている。航空艇は驚く可き上昇力を以って紫紺の大空に飛揚したが、やがて大空をグルリと一巡りしたかと思うと、船首を転じて再び向島の市街の上へ落下して来た。其の進退曲折の軽快な事は、全く驚嘆に値する。燕でもこうは行くまいと思われた。しかも其速力は一時間に百哩以下ではない。

p18-19

素晴らしい! まるでUFOである。さらに、この飛行艇の推進力が、地球と月の引力(と反引力)を利用するというから、なおさらである。

カバーのイラストは三盟舎版から流用したそうだが、描かれているのは単なる飛行船ではないか? この画家は石松夢人の上記の描写は読んだのだろうか。昔の赤本などでは表紙と中身が無関係のものが少なくないが、これもその類であろうかと思われる。表紙画としては読者の想像力を刺激すれば成功であって、それ以上に想像を超えていてはまずいということなのかもしれない。

ミステリアス文庫には同じく篠原亮氏によるこのタイトルもある。

増本河南『冒険怪話 空中旅行』
https://sumus2013.exblog.jp/32418704/

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