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河童と云ふものを見たのは実にこの時が始めてだつたのです : for the first time in my life I saw a ーー Kappa!


芥川龍之介『英文 河童』(塩尻清市訳、秋田屋、昭和22年6月20日)

大津市高砂のあまつち友遊館で開かれた一箱古本市に参加しました。当方も販売はしたのですが、それよりも他の古本猛者の方々の出品が楽しみでした。案の定、珍しい一冊を発見。芥川龍之介『英文 河童』(塩尻清市訳、秋田屋、昭和22年6月20日)です。大阪の秋田屋発行、印刷は京都の日本写真印刷、というところも関西の出版社に興味のある者としては嬉しいことでした。造本や装幀も紙の不自由な時代にがんばっていると思います。


表紙
見返し

序文は恒藤恭で、恒藤は「芥川龍之介のことなど」というエッセイに本書出版についての経緯を記しているそうです。詳しくはこちらをご覧ください。

Blog鬼火〜日々の迷走 2023/1/1
https://onibi.cocolog-nifty.com/alain_leroy_/2023/01/post-969f7d.html

塩尻清市は東京女子大教授だったようで、他にアーネスト・サトー『幕末維新回想記』(日本評論社、昭和18年)も翻訳しています。この原稿執筆当時は京都に住んでいたことが前書きの謝辞に書かれています。どんな英訳か一頁だけ写真を撮っておきます。原文は青空文庫から同じところをコピペしました。

 僕は水ぎはの岩に腰かけ、とりあへず食事にとりかかりました。コオンド・ビイフの缶を切つたり、枯れ枝を集めて火をつけたり、――そんなことをしてゐるうちに彼是十分はたつたでせう。その間にどこまでも意地の悪い霧はいつかほのぼのと晴れかかりました。僕はパンを噛じりながら、ちよつと腕時計を覗いて見ました。時刻はもう一時二十分過ぎです。が、それよりも驚いたのは何か気味の悪い顔が一つ、円い腕時計の硝子の上へちらりと影を落したことです。僕は驚いてふり返りました。すると、――僕が河童と云ふものを見たのは実にこの時が始めてだつたのです。僕の後ろにある岩の上には画にある通りの河童が一匹、片手は白樺の幹を抱へ、片手は目の上にかざしたなり、珍らしさうに僕を見おろしてゐました。
 僕は呆つ気にとられたまま、暫くは身動きもしずにゐました。河童もやはり驚いたと見え、目の上の手さへ動かしません。そのうちに僕は飛び立つが早いか、岩の上の河童へ躍りかかりました。同時に又河童も逃げ出しました。いや、恐らくは逃げ出したのでせう。実はひらりと身を反かはしたと思ふと、忽ちどこかへ消えてしまつたのです。僕は愈驚きながら、熊笹の中を見まはしました。すると河童は逃げ腰をしたなり、二三メエトル隔つた向うに僕を振り返つて見てゐるのです。それは不思議でも何でもありません。しかし僕に意外だつたのは河童の体の色のことです。岩の上に僕を見てゐた河童は一面に灰色を帯びてゐました。けれども今は体中すつかり緑いろに変つてゐるのです。僕は「畜生!」とおほ声を挙げ、もう一度河童へ飛びかかりました。河童が逃げ出したのは勿論です。それから僕は三十分ばかり、熊笹を突きぬけ、岩を飛び越え、遮二無二河童を追ひつづけました。

青空文庫「河童」

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奥付

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