いつもの均一コーナーにて『枯木灘』初版を発見。少し汚れてはいるが、函、帯、グラシン、栞も揃っている。お買い得だった。
中上健次でまず思い出すのはその自筆原稿である。たしか京都の丸善だったような気がするのだが、著名作家たちの自筆原稿の展示会があった。そこに並んでいた字間も行間もなくビッシリと文字の連なりが紙(原稿用紙でさえなかった)を埋めている中上の原稿には唖然とした。もうアート作品としか見えなかった。
中上は喫茶店で執筆することで知られており、新宿中央公園前の「珈琲ブラジル館四丁目店」を愛用していたとのこと。『枯木灘』にも「アカシア」という喫茶店が重要な背景として登場しているので、何箇所か引用しておく。
昭和な喫茶店がうまくストーリーのなかに取り入れられている。電話(10円玉が使える赤電話は1955年から)は必須の設備であった。また《占いの機械》はたしかにどこの喫茶店にも置いてあったような気がする。これは「おみくじ器」というようだ。
また客が勝手にレコードを替えるのもローカルな店ならではではないか。民謡にシンパシイを感じられないマスター好みのムード音楽はポール・モーリアやヘンリー・マンシーニだろうか。「アカシア」という店名も舞台となった町に意味ありげな色合いを与えている。黄色いアカシアの花言葉は「秘密の恋」。
本作の初出は『文藝』昭和51年10月号〜52年3月号ということだが、おそらく作品の時代背景はもう少し前になるのだろう。