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はたらく一家
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この表紙絵に一目惚れ。装幀赤松俊子とあります。赤松俊子は丸木俊の画名(本名は赤松俊)です。彫刻・手摺は加藤銃吉。加藤については何も知りませんが、検索してみると室生犀星『山鳥集』(櫻井書店、昭和二十二年)の木版も担当しているようです。
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本書には九篇の短い作品が収められています。それらのなかでもいちばん短い「浅草の客」に露天の薬草本売りが描かれていますのでメモしておきましょう。語り手の和吉は浅草へお灸をすえてもらいに行きます。神経衰弱のような症状で医者に見せてもはっきりしません。お灸を終えて外に出ます。やはり灸据場の客だった子連れの職工と立ち話をしながらしばらくブラブラ歩いていますと、人だかりがしていたのでのぞいてみます。
《カーキー色の登山服にピッケルを持つた物々しい恰好の薬草本売りは、ひからびたジュヅ玉草の根だとか、イタドリの葉ツぱだとかを前にならべて演説してゐた。しやがれた声で、一語ごとに片手で腹を押さへながら、眼をつぶつて喋べつた。桜の根を煎じてのめばフグ中毒の大妙薬だとか、相撲取福柳がフグ中毒で可惜一命を落としたとか、前の総理大臣何の何某がどうしたとか、聴いてると実にうまいものであつた。何十年も前から同じやうなことを香具師達は喋べつてゐるやうであるが、同じやうに何十年も前から疲れた顔のボンヤリした人達が集つて聴いてゐるのを、和吉は面白いと思つた。》(p269 旧漢字は改めた)