宏洋さん、“代理潜入”を煽るのはやめときな

幸福の科学教祖・大川隆法総裁の長男で、教団を離脱しYouTuberとして教団批判を展開している宏洋氏が、YouTuber上で一般の人々に向けて幸福の科学への「潜入」を呼びかけています。これはちょっとまずいことなので、何がまずいのかまとめておきます。

「公募」することの危うさ

幸福の科学にはインターネット上から申し込む「ネット入会」という制度があります。2018年に藤倉がこれで入会しようとしたところ、幸福の科学から拒否されました。その後、同じようにえらいてんちょう(矢内春樹)なども拒否され、最近も拒否された人物がいたようで、それを宏洋氏がYouTubeでネタにしています。

動画の中で宏洋氏は、視聴者に幸福の科学へのネット入会を試みる有志を募集しています。ただネット入会をするだけではなく、「入会した人はぼくにDMでレポートを送ってください。そして内部情報とか信者さんの雰囲気がどんな感じとか教えていただければ」「ぼくの動画のネタ作りに協力していただければと思います」と呼びかけています。いわば代理潜入です。

宏洋氏はこれまでも公の場で、幸福の科学関連動画のネタを募集しています。最近も、Twitter上で幸福の科学信者と思しきユーザー宛に公開の場でのリプライとして、自分のYouTubeへの出演依頼を送っています。プライバシーを守るとのことですが、公の場で依頼してしまっては、出演者の名前を伏せたところでそれが誰なのか絞られてしまいます。ましてや相手は現役信者ですから(宏洋氏は信者ではないアカウントにも信者だと勘違いしたのか出演依頼をしていたようですが)、出演したことが教団にバレれば教団内でどのような扱いをされるかわかったものではありません。

宏洋氏は、自分に協力することで相手が背負うリスクについて、無頓着すぎます。

今回のネット入会による代理潜入も同様です。教団と対立し複数の裁判が係争中である宏洋氏が公の場で呼びかければ、当然、教団側は警戒します。ネット入会では個人情報を教団側に送信するので、トラブルになった場合の訴訟や警察沙汰のリスクが高まります。下手をしたら、宏洋氏の呼びかけと関係なく純粋に入信したいと考えて入会手続きを行った人ですら、教団から宏洋氏のスパイと疑われることも起こりえます。

こうした「いろいろよくわかってない感じ」というのは、宗教やカルトの中で育った2世信者には往々にあることなので同情はします。一般社会の常識やモラルを度外視した世界で育てば無理もないことです。教団を離れ一般社会で生活するようになれば、時間はかかるにせよ社会性は身についていくので、本来なら温かい目で見守るべきでしょう。

しかし、他人に害をなしたりリスクを負わせたりする行為については、そうも言っていられません。宏洋氏のこうした行動には、みなさん、くれぐれも巻き込まれないよう、また加担しないよう、注意していただきたいところです。

潜入取材のリスク

幸福の科学は、「精舎」と呼ばれる教団施設を一般公開しており、信者以外でも自由に立ち入ることができます。教団から「敵」として認識されたり疑われたりしない限り、入信は容易ですし、入信せずに施設に出入りして霊言の映像を見せてもらうなどすることも容易です(もちろん、入信するよう勧誘されるとは思いますが)。

接触しても、たとえば入信届にサインするまで何時間でも足止めして執拗に勧誘するとか、断ると暴力を振るうなどという、某カルト教団のようなことも、幸福の科学には基本的にはありません。現場の信者たちは基本的に優しくて穏やかでいい人が多い。統一教会やキリスト教福音宣教会(摂理)のように、相手を騙したり脅したりしながら入信させていく行為がマニュアル化されていたりもしません。

こうした点だけ見れば、カルトにしてはかなりゆるい部類に見えます。しかし幸福の科学の場合、容易に入り込めてしまうがゆえに、むしろその後のリスクが高まるという点を忘れてはいけません。

どのカルトでも共通ですが、潜入のつもりが「ミイラ取りがミイラになる」というリスクはつきまといます。宗教というと教義を信じるか信じないかで捉える人が多いと思いますが、実際には、接した信者が親切で魅力的な人だったり、そうした信者との交流が深まったり信者集団との仲間意識が芽生えたりすれば心情的にシンパシーが生まれることもあります。入信前は批判的だったりバカにしたりしていても、それとは別の部分で「意外といいことも言っているじゃないか」と思えたりして肯定的になってしまう場合もあります。

幸福の科学の場合は教祖の霊言があまりにぶっ飛んでいるので、心情的に取り込まれる確率は高いとは言えない気はします。それでも、宗教やカルトへのウォッチングの経験が浅い人も含めた「一般」に向けて代理潜入を煽る以上、このリスクは無視できません。

そして幸福の科学が恐ろしいのは、教団側が潜入者を「敵」と認識した場合です。ネット入会では個人情報を送信する必要があることは先ほど書きました。そのほかにも教団施設には監視カメラが設置されており、出入りする人物の顔や施設内での行動が記録されています。潜入であることがバレたり、それが単なる冷やかしではなく宏洋氏のような「敵」の手の者だとバレた場合には、こうして教団に蓄積された情報は相手を攻撃するために使われることになります。

たとえばですが、教団の支部には書籍やそれ以外のグッズも含めた物販コーナーがあります。レジはなく、商品ごとに「奉納目安」と称する金額が表示されており、本やグッズを持ち帰る人は封筒にお金を入れて賽銭箱に入れます。「お布施」の体裁なので支払う金額は自由です。ところが、少額しかお金を入れずに本を持ち帰ろうとしたあるライター(藤倉ではありません)に対して、教団が窃盗だと主張して警察に被害届を出したことがあります。結局不起訴になったようですが、こうした場合には警察から事情聴取や家宅捜索をされることくらいはありえます。上記のように監視カメラもあるので、お金を入れずに本やグッズを持ち帰った場合であれば、警察も窃盗とみなす可能性が高まります。

ネット入会ではなく、支部にふらっと行って入会せず部外者として霊言や法話の映像を見せてもらうだけなら、名前や連絡先を偽ってもその場ではバレずトラブルにならないかもしれません。しかし後にバレれば、名前や連絡先を偽った事実は当人の立場を危うくします。

ぼくは現在、幸福の科学の一般施設に立ち入ったことが建造物侵入罪に当たるとして起訴され裁判にかけられている刑事被告人です。2018年に西日暮里の「初転法輪記念館」に立ち入ったことが原因です。それ以前も、ぼくは何度も幸福の科学の施設を訪れていますが、氏名を尋ねられた際には一切偽らず正直に答えるようにしていました。「初転法輪記念館」においても本名を名乗りました。

それゆえに教団が「敵」と認識しやすかったわけですが、同時に、身分を偽らず堂々と立ち入ったからこそ、ぼくは「一般公開施設に対する不当な手段を用いない穏当な取材」である旨を主張しやすくなっています。弁護団と話していても、仮に身分を偽って立ち入っていたら、この点でだいぶマイナスになっていたのではないかとのことです。

しかもぼくが裁判において正当性を主張する根拠として、「雑誌等でも幸福の科学について長年多くの記事を書いているジャーナリストによる取材だ」という側面もあります。宏洋氏のYouTube動画のネタ提供のための潜入です、などという目的で、ジャーナリストの取材と同等の公益性を主張できるのか疑問です。

そしてこれらはいずれも刑事事件の可能性で、これと別に民事裁判を起こされるリスクも当然あります。「〇〇罪容疑」という罪名がつかない行為でも、教団から「宏洋氏による教団への名誉毀損行為の協力者」として損害賠償を請求されるリスクもあります。

潜入案件ではありませんが、週刊誌が幸福の科学について記事を載せた際、週刊誌だけではなく証言者も一緒に教団から訴えられた事例があります。

もともとメディアやジャーナリストですらこれらのリスクを負って取材しているのが「幸福の科学」というカルト集団です。一般の素人さんを安易に巻き込むことがどれだけ危険かは、本来であれば、こんなふうに字数を割いて説明するまでもないことです。

潜入取材はメリットが少ない

ぼくは幸福の科学の一般公開の施設やイベントに行くことはありますが、これは潜入取材と呼べるほど大袈裟なものでもありません。ふらっと行って部外者として入って帰ってくるだけです。

潜入というと通常は、信者になるなり入信する気があるかのように装うなりして内部に入るこむことを言うのではないかと思います。そして、実はぼくはこういう取材はあまり多くはやっていません。

理由は簡単で、潜入は時間と金がかかりリスクもある割に、得られる情報が少ないからです。

宗教の行事というのはとにかく長い。1つのイベントに行くだけで数時間つきあわされるし、信者たちからいろんな話を聞けるほど親密になるのは何度も通い、関心や信仰心を示し続けて信頼を得なければなりません。

たとえば半年か1年信者をやった程度では集団の中では新参者にすぎず、教団の実態に関するコアな情報を得られる立場にはなれません。ただ長く在籍するだけではなく、それなりに熱心に行事に通いお布施をして、彼らから「コアな仲間」として扱ってもらえるようになければ、コアな情報に触れる機会もありません。頑張って時間とカネをつぎ込んで本格的に「信者」を装えたとしてもなお、教団内部で職員や幹部止まりとされているような情報のエビデンス(関連の文書等)にアクセスすることはできません。アクセスできるのは、もはや人生を捧げるレベルで教団に奉仕してきた職員やそれに準ずる立場の人達だけです。

たとえばセックス教団のように1回の信者向けイベントや合宿に参加すればそこそこのものが見られるケースや、単に「どういうふうに勧誘されるか体験してみる」だけであれば、もちろんやったことはありますし、今後もやるとは思います。しかし、それは新参信者でも見ることができる教団活動の一端に過ぎず、「内部情報を得る」というほどのものではありません。

内部情報を得るには、潜入するよりも、歴の長かった元信者や元職員、教団に疑問を抱いている現役の信者や職員に、こちらの問題意識や目的を正直に伝え、彼らに対する教団からの攻撃をどう防げるかを彼ら自身に相談しながら話を聞いたり資料をもらう以外にありません。その方が、情報の量・質は潜入取材よりもはるかに高くなります。相手の安全を追求すると同時に、非公開のエビデンスを追求する手法でもあるからです。

他者にリスクを負わせることの意味

現役の信者・職員に関しては、ぼくがやっていることも代理潜入に通じる要素もなくはないのかもしれません。ですが、ぼくはそういう立場になってくれる人を公募なんかしません。内部で何かを探る行為自体に教団から目をつけられるリスクがあるので、現役の人に何かを教えていただくことはあっても、積極的な情報収集活動を依頼することもほとんどありません。

ぼくの日頃の記事や発言をフォローしてくださっている方ならわかると思いますが、ぼくが現役の「中の人」の証言を直接ネタにすることはほぼありません。「中の人」とのやりとりはエビデンスの確保する事実確認のプロセスであって、それ自体を「ネタ」として扱い公表するのは協力者にとってのリスクが高いからです。

そもそも、幸福の科学の最新のコアな情報を発信している、いわゆる「アンチ」たちの情報収集の手法やスタンスがまさにこれです。下手なジャーナリストよりよっぽどアクティブかつ抑制的です。おそらく、教団や教祖や幹部を非難しても、自分の仲間や「かつて仲間だった個々人」は傷つけたくないという意識が強いのでしょう。また、自分がかつて教団や教祖に利用されてきた経験から、自分が他人を都合よく利用することにも抵抗を感じているようにも見えます。

対して宏洋氏がやっていることは、リスクの割に得るものが少ない潜入取材に他人を巻き込み、自分のYouTube動画のネタ作りに利用しようとするものです。潜入という行為に対する理解だけではなく、リスクを負う他者への責任感や倫理も欠けているように思えます。

ウォッチャー文化の促進には賛成しますが

「カルト」について一般の人々によるウォッチングを促進しようとする姿勢自体は大賛成です。ぼくがやっている「やや日刊カルト新聞」自体、創刊時からそれも目的の1つとして掲げてきました。

カルト集団について取材したり情報発信したりすることにはリスクがつきまといます。その反面、一般の人々が漠然と抱く「殺されるんじゃないか」「刺されるんじゃないか」「訴えられるんじゃないか」という類いの不安は、ネタにする団体次第であったり、やり方次第である程度回避できるものであったり、場合によっては「そんなこと全然ないっすよ」だったりもします。

重要なのは、リスクを正しく認識した上で、リスクを回避したり、あるいは目的や意義に応じてリスク覚悟で行動したりという判断をきちんとやることです。そしてウォッチングに参加してくれる人たちに対しても、そういう判断をしてもらうようにすることです。

この点を踏まえずに一般の人々を巻き込めば、カルトと無関係だった人にわざわざカルトとのトラブルを起こさせることにつながりかねません。

80~90年代のオウム真理教等をめぐるサブカルチャーの罪はこうした点にあります。不用意にカルトを面白がって見せたり接触したりして、それによって生まれるリスクや責任についてあまりに無頓着な輩やメディアが目立ちました。

前世紀のこうした問題は主に、特定の団体を擁護したりヨイショしたりする方向のものが目立ちましたが、批判したりおちょくったりする方向である場合もリスクや責任に違いはありません。オウム真理教初期や幸福の科学初期と違って、インターネットやSNSの普及、スマートフォン等々記録用機材の普及で、一般の人々がカルトウォッチングに参加できる余地が大きくなっている今だからこそ、この点は特に注意が必要です。

宏洋氏の周囲に群がる人々に、「宏洋に協力するな」とまでは言いません。しかし宏洋氏に煽られる事によって自分にどんなリスクが生まれるのかは、しっかり考えた方がいいと思います。もちろん宏洋氏にも、自分のやっていることがどういう意味を持つのか、もう少しちゃんと考えてもらいたいところです。

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