豊島紀 ⑳タコ焼きパーティーで佐藤天彦に将棋の未来を聞く
ABEMAトーナメントが始まり、さらに将棋フォーカス豊島講師第一回登場、トドメに豊島将之個人Twitterがいきなり始まってしまった(゚д゚)
この、思いもよらぬ事態に世界が蜂の巣をつついたような大騒ぎになっているというのに、
佐藤天彦九段とタコ焼きパーティー
の話をします(いつもながらに間が悪いぜ)。これは3月24日に、大阪福島『将棋barルゥク』の企画で行われたイベントで、チケット発売になった瞬間、買った。買ってしまってから「これどう考えても濃い天彦ファンのためのイベントでは……私のような者が混じっていいのか」と思ったがもう遅い。それに私はずっと、佐藤天彦に会ってしゃべる機会があったら聞いてみたいことがあったのです。
そんな機会あるわけねーよと思っていたところにいきなり、「タコ焼きパーティー」なんてお知らせを見たからつい。それにしても「佐藤天彦」「タコ焼き」「パーティー」とはいったい。貴族のタコ焼き。何がどうなるのか想像を絶する。
佐藤天彦に何を聞きたかったのか、の前に「なぜ佐藤天彦なのか」。まず、棋士の中で「将棋についての考えが誰よりも深い人」は、藤井聡太と豊島将之と渡辺明と佐藤天彦だと私が思っているというのがある。これは、将棋の強さとか戦法というのとはまた別ベクトルの、「将棋とは何か」という方向の思考=将棋哲学についての話です。
現在の将棋について何か聞きたかったら藤井聡太か豊島か渡辺か佐藤天彦に聞くべきである。誰よりも将棋についてわかってるから。しかし、藤井竜王と豊島九段は「将棋について誰よりも考えているが、そこで発見したことは自分だけがわかっていればいい」人である。発見したものを他人に説明する気はない。それは「出し惜しみ」などではなく、他人の評価に興味がないから。それに、説明しろと言われてもうまくできないだろう(勉強できる人が人に勉強教えるのが苦手だというあのタイプ)。
渡辺明と佐藤天彦は、そこが藤井竜王や豊島九段とちがって、自分が発見したものは「他者に認知されることによって価値を生じる」と思っている。前もちらっと書いたけど、藤井聡太も豊島将之も渡辺明も佐藤天彦も将棋の学者ですが、藤井豊島が象牙の塔にこもりっきりの研究者で、渡辺さん天彦さんはテレビにも出てくる教授。
そんなら渡辺名人でもいいじゃん、と思うところですが渡辺名人は「シロートが浅い質問したら冷たそう」じゃないですか。バカ嫌いだろうし。こちらはまさに浅いバカなので瞬殺されにノコノコ出ていく勇気はない。その点、佐藤天彦は「能力差別をしない人」という印象がある。あくまで印象なのでじっさいどうなのか不安はありましたが……天彦先生は親切であった。
で、私がききたかったことというのは、
現在、AIで将棋の「研究」をすることがプロ棋士の必須となって、将棋そのものも変化していると思いますが、ではその「研究」の「究極の行きつく先」はどのようなものになると天彦先生はお考えでしょうか?
先日の王将戦第一局で天彦先生が解説に出たおり、雑談の中で研究の話になり、その流れで「永瀬さんと豊島さんは当代の研究家として双璧(大意)」という発言があって、それからずっと考えているのだ。この二人がすごい研究をしているとして、その「すごさ」とは何なのか。高性能のパソコンを購入する財力か、研究に費やす時間か、ソフトによって示されたものを咀嚼する力か、発展・展開させていくひらめきか、あるいは「暗記する能力」か。そのすべてがあったとしても、日々ハードウエアの性能は向上し、ソフトウエアもアップデートするが人間の能力には限界がある。となると、行きつく先に何かちがう方向性みたいなものが生まれてくるのではないか。そのあたり、天彦先生ならどう考えるか、というのがすごく興味があったんです。そしてお答えくださいました。ありがとうございます。
豊島が身も蓋もない人だというのは繰り返し言ってきてるが、佐藤天彦もじゅうぶん身も蓋もなかった。その身も蓋もなさは豊島のそれとは味わいがちがうが二人ともかっこいい。しかしまあ、佐藤天彦のかっこよさのほうがポップでわかりやすいだろうな。天彦さんヒマワリ、豊島さんツユクサ。
このイベントは、撮影およびその画像アップはしてもいいけど内容の詳細については書いちゃダメということになってるので(私が「こういう質問をした」ということは書いてもいいという許可はもらってある)、天彦先生のお答えについてははっきりとは書きませんが、私はその返答があまりにも明快だったので感動し、同時にけっこう衝撃も受けた。そんなこと言うといったい天彦先生が何を言ったんだ!? とへんな誤解を与えそうなので、ものすごくざっとしたことだけ書いておくと、棋士における将棋の研究のあり方というのはほとんどその人の「人生観」の問題だろうってこと。そして私は豊島将之の人生観について思いを馳せているところであります。
将棋とAIについては誰だって気になってるのだろう。私が怖れをなしている渡辺名人のインタビューが朝日新聞デジタルに出て、AIについてのこともしゃべっておられる。
「ヤマはり」ってのは「研究で憶えておく手順」のことですね。これはほんの一節ですが、「AI研究で対局前に準備をする」ということのリアルな話が満載。佐藤天彦の話と合わせて見ると「うへー……これから当代の研究家二人はどうなっていくんだ……」という思いを強くする(その二人ってのもずいぶんタイプ違うしなあ)。いやしかし、渡辺名人と佐藤天彦の切り方の違いも面白いですねえ。そんなこんなで、佐藤天彦さんに話を聞けてほんとによかった、と思っていたらこんなインタビューが公開されていた。
周囲の雑音が多くて聞きづらいが我慢して聞いていると内容おもしれー。やっぱみんな聞きたいんだな佐藤天彦に。そして期待に応える面白い話をちゃんとしてくれる。とくに、将棋にAIがもたらしたものについての話が、これまで数多出てきた将棋AI話とは一線を画した内容になっている。他にも「勝負を生業とする自分にとって、ベートーベンよりもモーツァルトが響く理由」をすごくわかりやすく解説してくれたりとか。これを聞いていて感心するのは、
佐藤天彦は自分が理解していること、自分が実感していることしか言わない
何か聞きかじって知ったフリするようなところがいっさいないのがすごい。天彦さんがベンヤミンの話をしたら、聞き手が食いついてミシェル・フーコーの名前を持ち出したが「それは知らない」という。哲学談義をするにはフーコーと言っときゃいいみたいなところがあり(暴論)、「フーコーと言うやつには気をつけろ」と思ってるもんで(暴論)、思わず身構えたが「まだ読んでいないからわかりません」というフラットな態度で、それがしびれますね。すごくスマートです。佐藤天彦はゲンロンに出たらいいんじゃないかと思ったらとっくに出てました。言わなくてよかった。つーかこれリアルタイムで配信見たんじゃないか私。でもまったく記憶がない……、いずれにせよ言わなくてよかった。
佐藤天彦先生、そして貴重な機会をつくってくださった『将棋barルゥク』さんどうもありがとうございました。私以外のお客さまたちは天彦先生へのプレゼントなど持参しておられて、手ブラの私は深く反省した。パーティー終わりには天彦先生がお見送りまでしてくださいまして、私は遠い田舎に帰るバスの時間が迫っていたので走って帰ってしまったのですが、福島駅のコインロッカーに荷物入れてたのを大阪駅で気づいてまた引き返してバス乗り遅れるんじゃないかと青くなったけどなんとか間に合った、というぐらい楽しかったです。しかしこれって、佐藤天彦の格から言っても「宝塚歌劇団のトップスターがタコ焼き焼いてくれるお茶会」ぐらいのとんでもないイベントですやん。やはり将棋界はいろいろな意味ですごい。
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