おおみそか、ゆききた。
おっちゃんが待合室で「あんたあ、ここらの人間かいな。おおぎな荷物ば持って」「いや、ちょっと散歩で」「散歩で、どっがらぎたんが」。どっがらぎたか、私はどっがらぎたがよく分からない。どこの人間なんか、こういうときはなんて返せば良いか。おっちゃんはでも、もうもたもたしている間には、回答への不満からか、どっかのそのそと歩いてった。プラットフォームは元々の凍った雪と、新しいふわふわの雪があるから、おっちゃん、滑らんようにな。
《駅で君を待てども待てども来ずと。んで、全部取りやめで、なんにもかんにも余り余り。来ず言うとるんで、来ず、当たり前や。何を待ってんや。言うても、来るんちゃ、来るんちゃ。言うて、というより言い聞かして。師走の人がうるさあ通るターミナルに待っても、もういいよ。無駄やけど、もういいよ。》
おっちゃんと私は別々の扉から、1両編成のちっぽけな電車に乗り込んで、電車は真ん中の席の方しか空いてなかったから、中央付近でおっちゃんとまたぶつかる。四人掛けのボックス席でおっちゃんのななめまえ、通路側に座った。川端の小説を取り出すと、「むじい本なんかいな」言う。
《待っても来ずなんは、とうに知っとるで、でも来い来い、涙流しそうなって、電車に乗り込む。電車は途中、山ん中をくねくね通るもんで、右に左に傾き、酔いそうなる。一人の電車は話相手もおらず、で、適当に持ってきた小説を読みたいんやが、君をまだ待つので、停まる駅々で、人の様子ば見守る、来い来い言うて、あのニット帽、あのコートの、あのマフラーの、そういうのも全部そうやと、思いたいし、ああ、雪がぽつぽつと、山の上の方に見えた思ったら、下にもちらほらちらほら積もりようのが見えてきて、気づいたら一面真白なってて、これは君と見るもんやし、やし、来い言う》
「大晦日は孫の顔見たり、娘、息子と久しぶりに会いたい思うんが普通やろか」「おっちゃんは、いまなにしとうの」「また一つ一つ、空気吸いよる。もう今年も終わって、ゆきば、どかゆきで、もう何も見えん。ほら、ゆきゆき。なんも見えんのに電車はなんで走る。んで、なんも会うもんおらんなって、いろんな空気ば吸いよる」「日本海」「鳥や」「烏?」「トンビや」「トンバは寂しいねえか?」
《車で行った道も、飯も、んなもん、いっこいっこ適当なもんになりゃ、楽なんやろが、そうしたくはなくて、ほんなら自分でしんどしとるだけやろが、少年。少年はつよう、つよう、生きるために、いたい、いたいをしとうんや。いいや、待てど待てど、来ずとも限らん。来て、ようやく来て、それで向こうのをぎゅっとしてやったらええ。つようなるには、いとうないと。そしたら、また少年は、やさしいなる。一面真っ白で、電車はよう揺れる。徐行運転で、いつ着くやわからん。年越しはいったい、どこや。どこでもええ、待っても待っても、時間は来てまう。好きやゆうて、じっとやさしいなって、こんなもん無駄にでもなってまう、なってまえ。》
「おっちゃんはな、じっと終点行って、帰ってくるんじゃ。トンビはかなしいあらん。つよなってん」
《連れてこんといかん、待って、待って、君をな、連れてきてやりたい。ぜんぶぜんぶ、もうぜんぶぜんぶや、いっこいっこ、これはなに、あれはなに、言うて、泣いて、泣いて、泣くだけ泣くだけ、んで、待つ、待つだけや。頬がぐっしょり濡れて、手もぐっしょり濡れて、もう疲れたけど、ええ。もういいよ。無駄やけど、もういいよ。》
ひさしぶりに晴れたな、少年。