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芸能人って、こんなもの? #完

 御堂筋のイルミネーションは想像通りといえば想像通りで期待以上のものは特になかった。御堂筋を歩く人間は皆厚手のコートにマフラーを着けている。そうか、寒さを直に感じながら見る方がイルミネーションは綺麗なのかもしれない。暖房26度の車内はお世辞にも適温とは言いづらく、半身浴をするみたいにじわじわと暑さを感じる。

「お客さん、難波までで大丈夫ですか?」
「はい」
「それにしても、珍しいですね。タクシーで御堂筋をツアーするなんて」
「そうですか。初めて来たもんで」
「普段はどちらで?」
「東京です」
 嘘だ。本当は家なんてない。でも芸能人はだいたい東京に住んでいるだろう。
「東京の方が、こういうの綺麗なんじゃないですか?」
「いや、向こうは何て言うか、雑なんですよね。均一感がなくて、クラシックとパンクが同時に流れる気持ち悪さがあって」
「そうなんですね。私も若い頃は新宿で働いてたんですよ。確かにそういうの分かるかもしれないです。私はそれで言うならパンクの方だったかな」
 まずい、東京なんて2度くらいしか行ったことがないのに、東京を知る人間に対して法螺を吹いてしまった。だが、私の適当な考察は、案外的外れというわけでもないらしい。
「何の仕事してたんですか?」
「お兄さん、引かないでくださいよ。ゲイバーで働いてたんですよ、新宿の。そこにいるとなんだか、自分が自分でいられて気持ちが良かったんですよね。でも私、別にゲイとかではなかったんですよ。私って何の特徴もなくて人よりブスで引っ込みがちで自信もなくて、別に死にたいわけじゃないけど生きているのも何かよく分からなくて。そのときに、本当の自分とは全く違うゲイの自分を作って過ごしていると、そういう悩みから解放される気がして楽だったんですよね。二人目の自分ですかね。一人目の自分をもう諦めたんですね。それからは馬鹿なことやってもみんな受け入れてくれて、楽しかったな。パンクの世界、案外悪くないですよ」
 もう一人の全く違う自分か。本当の自分を諦めてしまって、二人目の自分で生きるのも、そう悪くない気がすると思った。

 難波を少し過ぎたあたりで右に曲がり再び四ツ橋に出た。御堂筋より随分と静かだ。そうか、東京はクラシックとパンクが同時に流れる世界なのか。そして、パンクの方には思いもしない心地よい風が吹いている可能性もあるのか。次の目的地は新宿かもしれないな。
「お客さん、同じところで大丈夫ですか?」
「はい」
「今は休みですか?」
「ええ」
「東京のクラシックとパンクの不協和音に疲れたら、いつでも来てください。ただ一つ、大阪もなかなかパンクですよ。頑張ってください」
「ありがとうごさいます」
 頑張ってくださいとは、私の何に対しての応援のだろう。果たして私を芸能人と認識したのだろうか。それならひとまず今日の目的は達成した。だが、私は再び二人目の私を作るために、新宿へ行かなければならなくなった。アイデンティティの引っ越しのためとでも言おうか。それなら二人目に限らず、三人四人と自分を増やして、容易くアイデンティティを引っ越せるような世界を作ってみたいなと思った。

「おい、いまなにしてんの?」
「芸能人ごっこ」
「は?なにそれ」
「タクシーに芸能人のふりして乗ることかな」
「何のために?」
「二人目の自分を作るためだよ」

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